鋼鉄のシャッター
パトリック・ライス著、畠瀬稔、東口千津子訳、『鋼鉄のシャッター -- 北アイルランド紛争とエンカウンター・グループ』、コスモス・ライブラリー、2003年を読む。
カール・ロジャーズと言えば、集まった人たちが、「今、ここ」でのことを語り合う、エンカウンター・グループで有名。 ロジャーズらは、1972年に北アイルランド紛争に取り組み、現地の人たち9名を集めてエンカウンター・グループを行い、それを撮影して「鋼鉄のシャッター」と名付けられた短い映画を作った。 これは、本来、とても個人的なことを扱うセラピーによって、社会を変えようとした試みとして特筆に値するのかもしれない。
このプロジェクトの中心的な役割を果たした元イエズス会神父のパトリック・ライスは、この試みを博士論文の一部としてまとめた。それを訳したのが、本書である。 博士論文とは言っても、実際にはドキュメンタリーであり、とても読みやすかった。
この本からは、当時の北アイルランドにおけるカトリックとプロテスタント、そして英国軍との間の、こじれまくって殺伐とした様子が強く伝わってくる。 既にそれぞれで多くの人間が傷ついており、「相手がやめるまでは、自分もやめない」と、その遺恨は消しがたい。 それで、このこじれを、エンカウンター・グループを行って、対話を通して相手に対する理解を深めて、解決に導こうというのだ。
果たして、この試みはうまくいったのか?
本書に記録された、3日間24時間のエンカウンターのセッション(注・逐語録ではなく、かなり少ない抜粋)の中では、参加者は最終的にそれぞれ互いの理解を深めて、あたかも充実した終わりをむかえたかに見えた。 ここまでで終わって、効果があったよなどと報告されていたら、非常に能天気な研究だったとわたしは思っただろう。 しかし、この後で、著者は、作成した映画の効果や、エンカウンターへの参加者の追跡調査を不十分かもしれないが行なって記載している。 それは、はっきり言って、わたしには「紛争解決」には効果があったとも、なかったとも、なんとも言えない結果だったように読めた。
この種の試みは、最近では、プロセス指向心理学(POP)のアーノルド・ミンデルによってワールド・ワークと呼称されて行なわれている。 たとえば、それはアーノルド・ミンデル著、 永沢哲監修、青木聡訳、『紛争の心理学 -- 融合の炎のワーク』、講談社現代新書、2001年という本にもまとめられている。 奇しくもこの本は、2001年9.11のテロの直後に出版された。 日本トランスパーソナル学会が、この時期に臨時開催した2001年10月16日のワールドワーク「テロリズムと戦争を超えるために」(同学会活動報告、参加した人コメント: なぜか2001年10月1日と記されている)の際にも、この本は紹介されたようだ。
果たして、今、いや将来、この時のことを振り返ってみて、参加者は、一体、どのようにこの集まりを評価するのだろうか。
わたしは思わずにはいられない、「一体、セラピーとは?」と。
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