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2004.01.16

キリスト教のことが面白いほどわかる本

鹿嶋春平太著、『キリスト教のことが面白いほどわかる本』、中経出版、2003年を読む。 鹿嶋春平太は、明治学院大学経済学部経営学科教授でもあり、日本広告学会常任理事でもある肥田日出生氏のペンネーム。 本書では、羊の「シーちゃん」と著者との対話形式で、イエスの教え、キリスト教の歴史が、わかりやすく紹介されている。

わかりやすく紹介されてはいるのだが、そのわかりやすさの方向は非常に極端だ。

「魂のエネルギー波動」的な解釈による聖霊と、(言葉本来の意味における)カルト的な草の根教団を、本来的なすばらしいキリスト教として論じているのである。 著者が好意を寄せているのは、歴史の影で草の根的に「(著者が言うところの)本来のキリスト教」の伝統を伝えてきた人たちだ。 具体的には、それは現代で言えば、アメリカ南部のバプテストやペンテコステ派、カリスマ派などの「宗教原理主義」な人たちだという。 しかし、この人たちは、政治的には保守右翼な人たちで、『ブッシュの「聖戦」』の回でも取り上げたように、ブッシュ大統領の支持層でもある。

「本来は素晴らしいものだった○○の教えが、教団の世俗化とともに、体制と迎合することで、魅力と本来の姿を失ってしまった。 わたしは、本来の○○の教えに戻り、本来の○○教を取り戻したい。」

人はときに、そんなナイーヴな思いにとらわれることもあるのだろう。

しかし、そもそも「本来の○○の教え」だと、自分が勝手に思い込んでいるものは果たして、事実なのだろうか。 自分だけが真実を発見してしまったと思い込んでいる人は、たとえば「相対論は間違っている」という本の量を見てみれば、どれだけたくさんいるかわかるだろう。

いや、そもそも「本来の○○の教え」は本当に素晴らしいものなのだろうか。 一見、素晴らしく見えるけれど、実際にはほとんど役に立たなかったし、むしろ反社会的な行動につながった教えは、近年、世間を騒がせた団体の教祖の著書に散見される。

わたしたちは、本物とか、本来とかいう言葉にあこがれを感じる。 でも、本物とか、本来などというものが、そもそも存在しないものもあるのかもしれない。 本物だって、悪いものもあるだろう。 本物とか、本来とかいうことよりも、大事なこともあるんじゃないかという気がしている。

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コメント

トラックバックありがとうございました。

鹿嶋春平太の著書は僕も何冊か目を通したことがありますが、伝統的な教理解釈を奔放に逸脱した上で「これが本当のキリスト教だ」と言い切ってしまう姿勢は大問題だと思っています。キリスト教についての知識を持つ人なら、彼の著書を「クズ本」としてゴミ箱に直行させればいいだけなのですが、問題はまったく基礎的な知識なしに、いきなり鹿島本でキリスト教に出会ってしまう人たちかもしれません。

まぁこうしたデタラメなキリスト教解説については、鹿島春平太よりも小室直樹の方が有害かもしれませんが……。日本の出版社では、こうした本をチェックできる人がいないのでしょう。

投稿: 服部弘一郎 | 2004.01.16 19:24

服部さん、こんにちは。AERAムックの「キリスト教がわかる」を注文しました。そうか、過去の記事からもトラックバック可能なんですね。

ところで、鹿嶋春平太氏の本を読んでみると、基本的に、教団などが統制したり解釈の仕方を信徒に示すよりも、少人数で聖書を解読し合う会をするのが、本来的なキリスト教であるという立場のようです。すると、当然、多様な解釈が発生して、中には・・・な解釈が出てくる可能性もあるということなんだと理解しました。聖書自体が、実に多様な読み方を許容してしまったりするものなのが、そもそもの原因なのかもしれないのですが。

それはともかく、少人数で聖書を解読しあう場合、その解読結果は、わたしは聖書をこう読んだ以上のコンテクスト(これが正しい読み方だとか)で語られるとつらいような。ふと思ったけれど、少人数の聖書研究会って、やばい人がリーダーシップを担っていたりすると・・・。

投稿: ちはや | 2004.01.17 01:33

聖書の正典そのものが、教会の伝統の中から数百年という長い時間をかけて生まれたものです。ですからそうした伝統を無視して、ただ聖書を読めばキリスト教がわかるというのは、少し違うんじゃないかと僕は思っています。(その点で、僕は「聖書のみ」のプロテスタントより、「聖書と聖伝」のカトリックの方が筋が通っているとも思うんですけどね……。)少人数の聖書研究会が原理主義的な解釈に偏り、社会的に逸脱した行動を取ることはよくあります。アメリカのキリスト教系カルトはほとんどそれですし、日本でもかつて「イエスの箱船」が社会問題化したことがあります。聖書の成り立ちや教会の歴史を考えると、聖書の「正しい読み方」にはかなりの幅があることがわかるはずなんですが……。

投稿: 服部弘一郎 | 2004.01.17 07:47

 AERAMook『「旧約聖書が」わかる。』『「新約聖書が」わかる。』双方に,鹿嶋氏の記事があります。前者は「(経済のドアから入る)地縁・血縁を断ち切る『旧約』は自由市場の理想像」後者は「(経済のドアから入る)ユダが描いた夢と挫折」。前者は,地縁血縁からの離脱が,市場経済の成功と結びつき,旧約の民は,神の絶対支配の下にある放浪の民族だといいます。そこで尻切れトンボで終っているのですが,果たして,神との契約や放浪は,タイトルにある自由主義経済の理想であるという論旨の読み解きについては,読者に丸投げされています。次に,後者についてですが,霊的に救われれば,物質的問題も解決する。という論旨です。キリストと神を崇敬すれば,現世の富も与えられるということです。
 さて,以前アメリカの友人が,USはコロンビア特別区のことで,政府ではなくて,企業だ。アメリカは国ではない,企業体だということを言っていました。それが的を射た指摘であるというのは,その言葉で,現在のアメリカの政策や情勢を理解しやすくなるという印象から判断できます。私は,経済にはさっぱり疎いのですが,どうやら,端的に,米という企業は,市場経済,自由競争の原理と利潤を徹底して追求し,修正資本主義,混合経済体制を弱める。利潤を上げる研究および言論や経済活動には国費を投入し,儲けた金は,その当然の報酬として,さらに同種の活動に継続投入される。利潤を上げない公共福祉や生産活動は保護の対象にはしない。利潤は利潤を生む人や組織でまわし,利潤を生みつづける限りにおいて,企業体の力は増大する。しかも,神に選ばれた者は,神のみえざる手によって,おのずと利潤という恩恵が与えられる。このような単純な図式を米というシステムに置き換えることは,乱暴な感じもしますが実際はどうなのでしょうか。さて,米を代表とする自由市場の原則を,神との契約や地縁・血縁の解体に見出し,また,霊的に高いレベルに進めば,「創造主の恵みで経済状況も自動的に好転する」とする大変楽観的かつ,差別的見方が,先の人物です。この主張は,現実の貧困は霊的劣性の反映という判断につながりかねません。政教一致というよりも,経済と宗教一致の理論に焦点を絞る必要が出てきます。果たして,先の人物は,経済と宗教一致の理論を明瞭な論理展開で構築しているのか,そもそも同氏の本を読む気がしないので,そのあたりは疑問です。

投稿: Mew | 2004.01.17 12:21

鹿嶋春平太のキリスト教解釈ですが、そもそも人間を霊と肉とに分けた上で霊を上位に置くこと自体が、キリスト教の伝統や正統から逸脱しているようにも思います。彼がAERA Mookに書いた記事も読んでみましたが、「旧約聖書がわかる。」の記事は神がアブラハムと契約して土地を与えたこと(イスラエルによるパレスチナ不法占領の根拠となっています)を無視していますし、「新約聖書がわかる。」に書いた記事は下手くそな小説もどきでしかないと思いますけどね。神を思えば経済が付いてくるという理屈は、鹿嶋氏得意の独善的な聖書解釈です。イエスの弟子のほとんどは清貧の中で殉教しているし、イエスに「神の国」を語らせたマタイ伝の著者も、それは十分に知っていました。それが「神を思えば現世での衣食住に困らなくなる」などと、現実離れしたことを言うはずがない。まったく馬鹿げていますが、同じように考えているクリスチャンも案外多いのかもしれません。

投稿: 服部弘一郎 | 2004.01.17 16:09

Mewさん、AERA Mookのこと、教えていただきありがとうございます。「経済学と旧約聖書、経済学と新約聖書というお題で何か書きませんか」といった依頼で書かれた文章なのだろうなあと想像されました。

それで、わたしも読んでみたのですが・・・。
いやー・・・。うーん、・・・これは必要がなければ、スルーして語らないだろうなあ・・・。

考えてみれば、フロイトやラカンで創世記を語ってみたり、聖書の○○的解釈だのという類いの本は、これまでもあったんだなと思いました。そして、それが「実はイエスは○○だった」とかいうあおり文句付きで売られてもいたのでしたね。

その場合は、そもそもそういう本だと読むときにわかるわけですが、今回の話の場合、そうではないというのがポイントなのかもしれない。

投稿: ちはや | 2004.01.17 18:24

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