黎明の王 白昼の女王
イアン・マクドナルド著、古沢嘉通訳、『黎明の王 白昼の女王』、ハヤカワ文庫FT、1995年を読む。 実は、この本は既に持っていて、以前は途中で読むのを断念したのだが、改めて2003年10月31日二刷のものを購入した。 というのも、以前取り上げた、『地球に落ちて来た男』と同じく、古沢嘉通氏が訳者なのだが、彼のページに、「重版を機に数十箇所を改訂」したとの記述を見つけたからだ。
さて、このお話は4部から構成されている。 最初は20世紀初頭のアイルランド。 当時は、科学技術がめざましく発展しつつあった。 その一方で、H. P. ブラバッキーの神智学にはじまり、アレイスター・クロウリーが活動していたりという、神秘主義の流行した時期でもある。 そして、カトリックとプロテスタントの間でくすぶり続けたアイルランド紛争(参考: 「鋼鉄のシャッター」の回)に火がつき始めていた。 これらの要素が、この物語を読むと、いきいきと伝わってくる。 そんな時代に、天文学者を父に持ち、イェイツらの神秘主義的な文学サークルにおける有名人の母を持つ、多感な少女エミリーは、妖精の世界と触れ合うようになり、いつしか妖精王と結ばれることを夢に見る。 しかし、その結果、起こった一連の事件は、現世の常識から見れば、単なる強姦事件と精神疾患の発症と蒸発事件にしか見えないのだった。 そして次は、それから十数年後。 IRAのメンバーと恋に落ちる、おてんば娘ジェシカ。 いつしか、彼女は妖精に襲われ、第1部の事件の場所に引き寄せられる。 取り込もうとする母親とむかつく現実とで板挟みになっていく。 第3部は、短く書かれたジェシカのその後。 第4部は、ほぼ現在。 異界と触れ合う性質により、現代における人生がすっかり複雑になってしまった女性、イナイが事件に決着をつけようとあがく。 なお、この最後の部では、原書の発行が1991年だが、この頃話題になっていたサルマン・ラシュディに関係した箇所がいくつもある。
このサブカルチャーのガジェットをちりばめた不思議な小説からは、現在アイルランド在住のイアン・マクドナルドだからこそ書けた、アイルランドへの複雑な思いが伝わってきた。 今回、改めて読むのに挑戦してみたのだが、全体の俯瞰が見えにくく、やはりあまり読みやすくはなかった。 しかし、この不思議な物語には、このスタイルが正しいのかもしれないという気もしている。
ところで、同じ訳者による、東京創元社から出版予定らしい"Scissors Cut Paper Wrap Stone"の紹介を読んでみた。 時は21世紀、日本の治安体制は崩壊した。 フラクタル図形パワーの使い手イーサンくんが、心を癒すために、おともだちの人気ナンバーワン・アニメクリエイターの雅彦くんと、四国お遍路の旅に出る・・・ということで、非常におもしろそう。 早く出版されることを期待。
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