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2004.02.22

コンピュータ科学者がめったに語らないこと

ドナルド・E・クヌース著、滝沢徹、牧野祐子、富澤昇訳、『コンピュータ科学者がめったに語らないこと』、エスアイビーアクセス、2003年を読む。 これは、先日取り上げたように、とびきりのコンピュータ科学者による信仰に関するMITでの連続講義をまとめた本だ。

クヌースは、この本を出す前に、Donald E. Knuth, "3:16 Bible Texts Illuminated", A-R Editions, 1991という本を出している。 これは、クヌースが自分の通っている教会の人たちと、勉強会で聖書の各文書の3章16節を自分で読んでみるという試みを1978年にはじめたところに端を発している。 読むにあたっては、3章16節(および関連する部分)のいろいろな翻訳に目を通し、James Strongのコンコルダンスを使用したという。 また、それをはじめて数年後に、DTPに関係するようになり、そのことがきっかけで、自分たちの翻訳したものを世界の一流のカリグラファー(文字の造形とレイアウトを中心としたイラストを書く人)にお願いしてカリグラフにしてもらった。 それをまとめたのが、"3:16"である。

なお、"3:16"におさめられたカリグラフは、本書でも見ることができるが、びっくりするほど美しい。 文字を使ったデザインの可能性をつくづく考えさせられてしまった。 本書では、どれも白黒で小さい図版なので、これをカラーで大きいサイズで見てみたくなった。

本書では、この"3:16"の話を中心として、乱数、ランダム・サンプリング、翻訳、CG、無限と有限など、コンピュータ科学と数学の知見をからめて、いろいろなことが語られている。 コンピュータは、数学的なしくみに基づいて、何か問題を解くために設計されたプログラムを動かす機械だ。 なので、コンピュータ科学者の視点は、問題分析者だったり、設計者だったりする。 そしてそれは、聖書を分析することや、この世の設計者としての神に関して思いをはせることに関係してくる。

ところで、この世のプログラマとしての神という視点で思い出されたのは、「超常現象は神からのメッセージ」という仮定で書かれた山本弘著、『神は沈黙せず』、角川書店、2003年だった。 この小説でも、神とコンピュータを扱っているが、クヌースとは全く異なったスタイルになっているところがポイント。

なお、本書『コンピュータ科学者がめったに語らないこと』は、最後にパネル・ディスカッションが収録されているが、これは時系列的には第4回講演と第5回講演の間である。 前から順番に読んでいったところ、第5回の本文を読み終えた後でこれに気づいてちょっと残念だった。 このことは、前書きとして書いておいて欲しかったかも。

ところで、本書には、クヌースが、"3:16"の作業のために、Adobe社にでかけ、カリグラフをスキャナで読み込んで、それをMacの上で発売前のPhotoshopを使って、1ピクセルずつ修正していたという話が載っている。 当時のスキャナやコンピュータの性能を考えただけでも気の遠くなるような話・・・。 というか、世界有数のコンピュータ科学者がそんな作業をしている姿というのも・・・。 いや、TeXの話もそうだけど、本当に、クヌースという人は凝り性なのだなあ(しみじみ)。

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