教会がカルト化するとき
ウィリアム・ウッド著、21世紀ブックレット 18 『教会がカルト化するとき -- 聖書による識別力を養う』、いのちのことば社、2002年を読む。 これは、「「信仰」という名の虐待」の回で取り上げた本に引き続き、いのちのことば社の21世紀ブックレットで出版された本である。 ウィリアム・ウッドは、エホバの証人を中心に取り組んでおり、真理のみことば伝道教会 カルト研究リハビリセンターなどの代表をつとめている。
本書では、カルト研究リハビリセンターのページの元カルトの体験談のコーナーでも取り上げられている、統一協会、エホバの証人、モルモン教の3つの団体の他にも、牧師が大きな権力をふるったり、奇蹟を強調したり、信者間で強力な師弟関係を形成しさまざまなことを束縛している教会などに関して言及している。 この本の議論は、基本的に、スティーヴン・ハッサン著、浅見定雄訳、『マインド・コントロールの恐怖』、恒友出版、1993年のマインド・コントロールの話と、聖書の解釈によっている。
比較的たくさんの文章を費やして書かれた、聖書の解釈によって問題を論じている部分は、基本的に次のような形式になっている。 それは、「聖書の○○を引用して○○と解釈して○○を行わせる人たちがいる。しかし、正しくは聖書の○○に○○と書かれており、○○するべきである」というものである。 この部分は、かなり細かい話になっており、たぶん、問題がある運営をされている教会のメンバーになったことがない人にとっては、あまり実感がわかず、わかりにくい内容なのではないかという気が個人的にはした。
つまり、この話のポイントは、普通に話したのでは伝わりにくい、ある状況下における人たちにメッセージを伝えたいということにある。 そのためには、その人たちに伝わるように、その人たちに理解しやすい論理で、その人たちに届く言葉で書く必要がある。 でも、それはそれ以外の人にとっては、必ずしも意味があるものでもないし、わかりやすいものでもない。 結構、これは本で出そうとする場合には、悩ましいことではないかなと思った。
とはいえ、最後に載っている、「教会のカルト度を測るチェックリスト」は、権威主義度、排他性、教育(と書いてあるが、教化と運営の方法)の3つの観点から、一般的にわかりやすくまとめられている。 しかし、これでひょっとして問題があるのかもと思った人がいても、「教会員へのアドバイス」や「牧師へのアドバイス」の章で書かれている、教会の健全化への取り組みには、かなりの困難が予想されそうだなと思った。
世で聖職者と呼ばれる職業についている人たちは、人々から多大な期待を寄せられる。 そのような職業を全うするのは、とても大変なことだ。 人から感謝されれば、のぼせ上がってしまうこともあるだろう。 一度、得たステータスを失いたい人はいないだろう。 みんなが熱中してがんばっていると、正しいことをしているような錯覚にもとらわれる。 また、間違いがあったとしても、それを認めることは、大きな苦しみが伴う。 神ならぬ人間の築いた教団組織の中では、矛盾や上級職への不満や権力への誘惑もあるだろう。 中には、大きな問題を抱えた人たちがいて、実際には凡夫に過ぎない聖職者に対して、勝手に多大な期待を押し付け、応えられないと声を大にして誹謗中傷することもあるだろう。 本当はそういう人にこそ救いは必要なのかもしれないが・・・。
非常にいろいろと未解決な問題がたくさん転がっていそうだが、『「信仰」という名の虐待』や『教会がカルト化するとき』のように、自分たち、あるいは近接領域の問題に取り組もうとする姿勢には注目したい。 それが、単なる教義上の異端の排除やポーズではなく、実質的な意味を持つことを期待して。
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