新宗教とアイデンティティ
杉山幸子著、『新宗教とアイデンティティ -- 回心と癒しの宗教社会心理学』、新曜社、2004年を読む。
本書は、宗教心理学の総説と、新宗教に関するフィールドワークの紹介である。
宗教心理学に関しては、本書の前半で、海外と国内に関してそれぞれ歴史が詳しく語られている。 これを読むと、宗教心理学は、盛り上がったり、沈静化したりと、時代の移り変わりと要請によって紆余屈曲を経てきたことがよくわかる。 たとえば、ペンテコステ運動のような、信者でない人から見れば心理的な要因が大きいと思えるものが盛んになると、その研究も盛んになるといった傾向である。 また、本書を読んで、国内においては、シャーマニズムの精神医学的研究以外は、盛んでなかったこともわかった。
後半の著者自身のフィールドワークの紹介は、大きく2つに分けられる。 1つはいくつかある真光系の教団の一つである崇教真光の信仰現場の描写と入信理由などの調査。 もう1つは、モルモン教の入信状況の調査だ。
わたしは、子どもの頃、超能力などの神秘的な力にとても興味があった。 そんなわけで、当時、ときたまポストに投函される崇教真光のチラシが非常に魅力的に見えた。 そこには、3日間の研修を受けるだけで、手かざしの能力が習得できると書かれていたからだ。 どちらかというと病弱だったので、病気が治るという期待もあったし、イエス・キリストのような手かざしの能力も得られるとすれば、願ったり適ったりだった。 しかし、結局、隣町にあった研修所に行くことはなかった。 もしも研修を受けていたら、どうなっていただろうという疑問に、本書は少なからぬ示唆を与えてくれた。
本書では、宗教研究によくあるように、手かざしの効果のいかんについては全く触れられてない。 ただどのような営みが行われていて、どのように信念形成が行われるのかが考察されているだけである。 人は、何かの信念(超能力を獲得したぞとか)を維持するには、確固たる証拠とか、あるいは信念を共有してくれる親しみの感じられる人たちが必要だ。 あるいは、そういうものがあれば、信念が維持されてしまうとも言える。 そう、だから、おそらく、もしも・・・。
なお、本書は、(研究の主旨に沿って)現役の信者に対する調査であり、当然、その結果もそれを反映した傾向となっている。 新宗教の場合、やめる人というのも相当数存在し、それらの人々の場合、教団や信仰に対して全く異なったリアリティを持っていることだろう。 そして、教団に対して批判するサイトを開いている人たちもいることを書き記しておこう。
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