« やさしいJava第2版 | トップページ | マリア様がみてる 1 »

2004.03.10

年老いた子どもの話

ジェニー・エルペンベック著、松永美穂訳、『年老いた子どもの話』、河出書房新社、2004年を読む。

この本は、読んでいるとかなり気分が鬱になってくる。

第二次大戦の戦渦の記憶が残る頃、正体不明の大柄な女の子が、ドイツの街角で発見される。 女の子は、記憶がなく、身よりもわからず、児童養護施設に入れられる。 彼女は、教師の眼から見ると、本当に何もできない。 さぼっているわけでもないのに、手取り足取り、一から全部、何度教えても全く身に付かない。 とにかく、果てしなくダメダメなのだ。 実は、これは彼女の意図的な行動で、教師からいわく言い難い種類の同情を引き出していた。 しかし、それは同級生には通用しない。 同級生は、彼女をいじめの対象として認識するが・・・というお話。

彼女は、一体なんだったのかというと、本の帯にも書かれていることから明らかなように、人生をやり直したかった女性である。 大人になるということは、いろいろな社会的現実と向き合う必要がある。 彼女はそれから逃れて、学校に救いを求めた。 彼女にとっては、学校の中で起こることは、社会的現実とは独立だった。 学校で失敗しようが、成績がダメだろうが、いじめにあおうが、何が起ころうとも、そんなものは所詮ニセモノで、自分自身の人生には何ら、一切影響がないものだったのだ。 いつまでも、いつまでも、ホンモノと向き合わずにいたかったのだ。

わたしは、学校だって、現実の一部だと思うし、それ故、この本の主人公の行動はかなり不快だ。 でも、もしも、あまりに大人の現実がつらくて、学校の中でのことがすべておママゴトだと認識されたら・・・。 そして、一般論として、学校で何年学んでも、身に付かなかったり、社会に出て即戦力にならなかったりすることの背景には、どこか学校のことを、おママゴトだという気持ちがないわけでもないかもしれないではないか。 この皮肉な視点が、本書の特徴であり、また後味を極めてよくないものにもしている。

なお、この本の帯には次のように書かれている。

もう一度、子ども時代をやり直せるとしたら あなたはどこから始めるだろうか?

非常に魅惑的な言葉だ(いや、『年老いた子どもの話』の主人公のようなやり直しは望まないけど)。

わたしは、この帯の言葉を読んだときに、ジョン・ブラッドショー著、新里里春監訳、『インナーチャイルド 改訂版 -- 本当のあなたを取り戻す方法』、NHK出版、2001年の冒頭の方に記載されている「ルーディ・リボルビンの二重の悲劇」というお話を思い出した。 それは、悲惨で苦悩に満ちた人生を送ったルーディが、死んで暗黒界に行くと、暗黒界の統治者から「もう一度人生をやり直したくないか?」と問いかけられる。 ただし、「記憶は全部失って」という条件で。 ルーディは、さすがにそれでは同じことを繰り返すことになるだろうと、この申し出は断った。 しかし、更なる申し出は受け入れてしまった。 それは、「お前には特別にすべての記憶をそのままで、人生のやり直しをやらせてやってもいいぞ」だった。 しかし、「心の内の傷ついた子ども(インナーチャイルド)」を抱えていたルーディは、そのためにまた悲惨な人生を繰り返し、世界の暗黒はまた深まり、暗黒界の統治者を喜ばせることとなったのだ・・・というお話だ。 この話の元ネタは、P・D・ウスペンスキーの『イワン・オソーキンの不思議な人生』である。

『インナーチャイルド』では、この話を「(頭でいくらわかっていても)子ども時代の傷ついた経験を癒さない限り、あなたは不幸を繰り返し続ける」のであるという主張を強調するために使っている。 『インナーチャイルド』という本は、このような主張の解説と、それに基づいて「内なる子どもを癒す」ためのレッスン(神経言語プログラミングや交流分析やグリーフワークのまぜこぜ)が示されている。

なお、『インナーチャイルド(原題 "Homecoming")』は、エリザベス・F・ロフタス、キャサリン・ケッチャム著、仲真紀子訳、『抑圧された記憶の神話 -- 偽りの性的虐待の記憶をめぐって』、誠信書房、2000年で、エレン・バス、ローラ・デイビス著、原美奈子、二見れい子訳、『生きる勇気と癒す力 -- 性暴力の時代を生きる女性のためのガイドブック』、三一書房、1997年とともに、問題が指摘されている本である。 その問題とは、それらの本に書かれているような治療を行ったセラピストが、場合によっては実際に存在しない性的虐待の記憶を作り出し、更に裁判するようにすすめ、証拠もないのに父親が近親相姦と強姦の罪で懲役に処せられたりしているという、「偽記憶症候群」の問題である。 また、このような治療で存在しない記憶を蘇らせた結果、むしろ病状は悪化し、社会的な生活にも悪影響が生じたという話が、矢幡洋著、『危ない精神分析 -- マインドハッカーたちの詐術』、亜紀書房、2003年に紹介されている。 なお、『危ない精神分析』では、PTSDのバイブル、ジュディス・L・ハーマン著、中井久夫訳、『心的外傷と回復<増補版>』、みすず書房、1999年も批判されている。

|

« やさしいJava第2版 | トップページ | マリア様がみてる 1 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 年老いた子どもの話:

« やさしいJava第2版 | トップページ | マリア様がみてる 1 »