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2004.03.12

あなたはどんな修行をしたのですか?

NCC宗教研究所、富坂キリスト教センター共著、『あなたはどんな修行をしたのですか? -- オウムからの問い、オウムへの問い』新教出版社、2004年を読む。

本書は、1999年から2002年まで続けられたオウム真理教研究会のメンバーにより、オウム真理教の事件とは一体何だったのかを、さまざまな側面から取り上げたものである。 キリスト教系の出版社から刊行されているが、執筆者は多岐に渡っている。 内容はばらつきもあるが、資料をきちんと読み込んだり、独自の視点から論考を加えたりしているものもあり、結構興味深いものだった。

タイトルの「あなたはどんな修行をしたのですか?」は、執筆者の一人である志村真が、オウムの信徒から初対面で投げかけられた言葉だという。 このタイトルは、「修行」にこだわるオウムのメンタリティを、如実に表したものだと思う。

『秘められた自由の心』(タルタン・トゥルク著、ダルマワークス、1994年)などの訳書もある、林久義の「オウム信者脱会カウンセリングの現場から」、それから『聖者たちのインド』(春秋社、2000年)などの著書がある島岩による「オウム真理教とクンダリニー・ヨーガ」では、麻原彰晃の教義の解明が、それぞれ信者との対話や経典の読解から試みられ、それがクンダリニー・ヨーガを仏教化していったことで、ヒンドゥー教的な真我と仏教的な無我の矛盾をはらんだものであることが指摘されている。 宗教の教義には真偽はなく、正統か非正統か、社会的か非社会的かという文脈になるので、この指摘単独では問題を構成しにくい。 しかし、瞑想のテクニックや仏教の教義という、依拠している対象に対する知識の不足と誤解があり、長く続いてきた教団が培った社会と対立しないための修行のシステムがなかったということは言えるだろうと思う。

それから、オウムにも積極的取り組んでいる弓山達也の「体験談の変遷とその意味」では、教団の機関誌の体験談を精読し、その変化をとらえている。 まず、初期の体験談では、修行を通じてのクンダリニーの目覚めといった個人の神秘体験が主だったという。 続いて、死亡者を出したり、選挙に出たり、石垣島でセミナーが行われるにしたがって、緊迫した雰囲気の中、とにかく成就者が続出していき、最後には病気が治ったなどという話にまで展開するというのだ。

志村真の「オウム真理教問題に苦悩する家族と共に歩む」は、信徒の家族の抱える苦悩が詳しく語られている。 地下鉄サリン事件からも既に10年近く経過し、当時青年だった信徒の、家族たちは老境に入りつつある。 家族が得体の知れない団体に熱狂的に関わることは、非常に大きな心理的な問題になる。 家族がどうしているのかと心配しながら、いつか帰ってきて欲しいと、あきらめずに長い年月、ただただ機会を待ちつづけるのは、年老いた人たちにとっては、想像を絶するほど大変なことだろうと思う。 そのことを、思い出させてくれた。 また、志村真による巻末の年表(「オウム真理教問題年表」(PDF)「日本と世界におけるカルト問題年表」(PDF))は、非常に詳しく驚いた。 特に、「日本と世界におけるカルト問題年表」には、全く聞いたこともないような事件がいくつも記されていた。

アレクサンドル・カバノフの「ロシアにおけるオウム真理教」では、ソビエトの崩壊の時流にのって、政府筋とオウム真理教が結びつき、数万人もの信者を獲得するのに成功したことが描かれている。 このメンバーのうちの一部は、日本とは縁が切れた形で、しかし教義を伝える形で現在も存続しているという。

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» 地下鉄サリン事件から9年…霞ケ関駅で黙とう、献花 [或る荒川区民のつぶやき]
あれから、もう9年ですか・・・ 長いような短いような。 あの事件のあった朝、小生は勝どき橋のユーザさんとの打ち合わせの為、築地駅で同僚と朝飯を食べていました... [続きを読む]

受信: 2004.03.20 16:19

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