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2004.05.31

探偵儀式 1

清涼院流水原作、大塚英志原案・脚本、箸井地図漫画、『探偵儀式 (1)』、角川コミックス・エース、2004年を読む。

清涼院流水というだけで、もう普通の推理物ではないことは確定している作品。 出てくる探偵も、中学生3人組(すべての殺人事件が書かれている本を持っている、死体にキスをすると身元と犯人がわかる、天の意志で犯人を当てる)などなどといった、普通でない連中ばかり。 こんな登場したら瞬間でケリがついてしまうような設定の探偵ばかりで、一体どういう事件を構成すれば、果たして推理物として成立するというのか。 とりあえず、孤島での儀式に呼び出された97人の探偵が景気よく○○○ところで一巻目は終わっているが、一体、この後どうなるのという。 どこまでこの無茶な話が転がるのか、それがもう気になって仕方がなかったりする。

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2004.05.30

BR II/ブリッツ・ロワイアル (2)

以前、1巻を取り上げた富沢ひとし漫画、高見広春原案、『BR II/ブリッツ・ロワイアル (2)』、秋田書店、2004年を読む。 いきなり、伏線も未消化に見えるのだが、2巻で終わっている。

この作品は、中学生が拉致されて、孤島で殺し合いの実戦訓練をさせられるというお話。 前の巻では、クラスの仲間のため、演習で薬中毒の軍人たちとバトルすることになったわけだが、そのバトルに勝利してみるとと、仲間の一人は消え、演習に対して採点が行われ、点数に応じて待遇が施されることに。 かくして、凶悪な戦闘をくぐり抜けた主人公たちは、仲間たちからも羨望の念と恨みを買うことになる。 そんな中、第一回目の試験が・・・というお話。

とにかく、残酷さと極限状態での利己心と薬を描きまくって、伏線が消化されずにエンドという感じ。 原案もこんな感じだったのかどうなのか、果たしてこれが想定していた終わり方だったのか、非常に気になる。 この演習も、「何か大きな計画」により遂行されているような描写もラスト付近であるが、論理的には人減らしと薬中毒者の養成以上の結果をもたらすことはなさそうな気も。

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2004.05.29

少女少年 VII -CHIAKI-

やぶうち優著、『少女少年 VII -CHIAKI-』、小学館 てんとう虫コミックススペシャル、2004年を読む。

《少女少年》シリーズは、「小学5年生」や「小学6年生」に連載された、男の子が女の子として芸能界にデビューするお話のシリーズ。 それぞれの作品は1年間で1本完結という形式で連載され、この作品で7作目なので、今年で7年目になる。

今回は、昔見たミュージカルの主演の女の子に憧れて(初恋)、現在は演劇に励んでいる十河太一。 声がアニメの女の子みたいで、シンデレラに抜擢されてしまう。 その舞台を芸能プロダクションの人に見初められて、女の子としてアイドル声優でデビューすることになってしまう。 一緒に演劇をやっている男友だち、そして初恋の子にそっくりなクラスメイトの女の子との、三角関係と友情に悩んだり、引退してしまっていたミュージカルの主演の女の子と出会ったりしながら、成長していくというお話。 この《少女少年》シリーズでは、10代前半の主人公は、いろいろと対人関係のジレンマ(恋愛、友情、夢、家庭事情、他)に直面して乗りこえていくのだが、それがとても心地よく描かれており、それは本作でも健在。

なお、今年度からは、《少女少年》シリーズは、「小学5年生」や「小学6年生」から、「ちゃおデラックス」にうつり、不定期連載中とのこと。 今年度の「小学5年生」では、『ないしょのつぼみ』というタイトルで、これから大人になる子どもたちに向けて、思春期の性と心を描くのに挑戦しているらしい。 これもおもしろそうで、読んでみたい。

参考:やぶうち優公式サイト「Utopia」

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2004.05.28

鎮魂歌(レクイエム)

グレアム・ジョイス著、浅倉久志訳、『鎮魂歌(レクイエム)』、ハヤカワ文庫FT、2004年を読む。

本書は、すぐれもののファンタジーを出している〈プラチナ・ファンタジー〉シリーズの一冊。 妻を亡くし、教職を辞したトムは、エルサレムに住んでいる親友の女性を訪ねる旅に出た。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に彩られたエルサレムで、トムは、世に知られていない死海文書を所有する老人と偶然に出会ったり、亡き妻やジン(精霊)やマグダラのマリアや教え子たちの幻に取り憑かれる。 現実の境界が崩れ果てていく中で、トムは自分自身の過去と対面していくことに・・・というお話。

本書では、イスラエルの風景、3つの宗教、セルフヘルプ的な雰囲気のあるセラピー・グループ、幻と現実、そして、人を愛するということの現実の困難さが描かれる。 幻と現実が交差する中で、トムが亡き妻をはじめとした過去の扉を次々と開いていく様は、とても鮮やかに描かれていたと思う。 「鎮魂歌」というタイトルも作品のテーマにぴったりだった。

ところで、本書では、死海文書は、現在のキリスト教の教義を否定するものとして描かれている。 この作品が書かれたのは1995年だ。 ちょうどこの直前の時期に、死海文書関係のトンデモ本が世に出て、それらも現在のキリスト教を否定するような主張を行っていた。

たとえば、死海文書がキリスト教の教義に対して重大な影響を与えるのでバチカンの陰謀により秘匿されており、これはスキャンダルだと騒ぎ立てたマイケル・べイジェント、リチャード・リー著、高尾利数訳、『死海文書の謎』、柏書房、1992年。 この原著は1991年発行である。 また、死海文書の「悪い祭司」がイエスで、死海文書の注解を読解する作法で新約聖書を解読でき、すると驚くべき真実のキリスト像がそこに書かれていると主張したバーバラ・スィーリング著、高尾利数訳、『イエスのミステリー -- 死海文書で謎を解く』、NHK出版、2003年。 この原著が出たのは1992年だ。

この2冊は、いずれも、1990年代のはじめに、本書の著者のグレアム・ジョイスが住んでいるイギリスでも刊行されている。

その辺の影響もあるのだろう、本書の示してくれた「真のキリスト教」は、残念ながらちょっと粗雑でいまいち。 個人的には、マグダラのマリアに関して書くんだったら、スキャンダルや謎のオーラをまとっているという理由で死海文書を採用するより、マグダラのマリアに関する記述が存在している「トマスによる福音書」「フィリポによる福音書」「マリアによる福音書」あたりをいろいろいじってみた方が、虚々実々の話を書けるような気がするんだけど。

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2004.05.27

ふしぎ遊戯 玄武開伝 2

渡瀬悠宇著、『ふしぎ遊戯 玄武開伝 (2)』、小学館 少コミフラワーコミックス、2004年を読む。

『ふしぎ遊戯 玄武開伝』は、『ふしぎ遊戯』の姉妹編だ。 『ふしぎ遊戯』は、エドガー・ライス・バロウズの《火星》シリーズや、マイケル・ムアコックの《永遠の戦士》シリーズのような物語で、現代に生きる女の子が本の中の世界に入り、伝説の「玄武の巫女」という役目を背負って、世界を救うために「玄武七星士」を集めるお話。 「伝説」の玄武の巫女というわけで、前の代もあったりするわけで、本作『ふしぎ遊戯 玄武開伝』は、『ふしぎ遊戯』の前の代の巫女の話を描いている。

『ふしぎ遊戯』自体は、数年以上前の作品で、その姉妹編が出るというので、最初はびっくりした。 1巻を読んでも、展開がのろかったせいもあるが、なんともなあという気持ちが晴れなかったのだが、この2巻目になって話が見えるようになり楽しめた。

また、この本と同時に「少女コミック特別増刊 渡瀬悠宇パーフェクトワールド ふしぎ遊戯 Vol. 1」も出ていて、そちらではいきなり101ページ分の続きが読めるらしい。 コミックスの単行本のページ数は、おおよそ185ページなので、これはすごい分量だ。 『ふしぎ遊戯 玄武開伝』を連載するために、増刊とは言え、雑誌を作ってしまったというのにもおどろいた。 ほとんど気分は、「ガンダムA」だが、今後はこういう展開をするコミックスが増えるのだろうか。

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2004.05.26

おちてねむる

今日はもうだめっぽい、寝よう。

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2004.05.25

コメット

鶴田謙二作、『コメット』、講談社、2004年を読む。

めちゃくちゃなスケジュールになっているので、少しだけ。

本書は、SF関係の表紙や挿絵がたくさんおさめられた画集。 タイトルは、キャプテン・フューチャーのコメット号にちなんだものになっている。 表紙も、原作版のコメット号をどことなく思わせるデザインだ。

『The Spirit of Wonder』に出会って以来、わたしにとって特別な絵描きだった鶴田謙二による、梶尾真治の《エマノン》シリーズの挿絵が大判サイズで見れたことが、今回うれしかった。 キャプテン・フューチャー・シリーズの復刊の表紙にも期待。

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2004.05.24

チャンス発見の情報技術

大澤幸生監修・著、『チャンス発見の情報技術 -- ポストデータマイニング時代の意思決定支援』、東京電機大学出版局、2003年を買う。

本書は、何かが起こりそう、あるいは起こっている状態と、そのポイントとなっているものを、どうやって見つけ出すのかに関して書かれた本だ。 まだ、パラパラとしてめくっていないが、マーケティング、気象、議論、コミュニティ、地震などなど、非常に広汎な内容を扱っていて、とてもおもしろそう。 従来のデータマイニングや、従来の人工知能とどう違うのか、読むのが楽しみ。 でも、今日、明日はハードすぎるスケジュールなので、ちょっと先になりそうな感じ

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2004.05.23

おとこ女おんな男 1、2

阿部秀司著、『おとこ女おんな男(1)(2)』、講談社 モーニングKC、2003〜2004年を読む。

この作品は、姿がそっくりな中学生の双子の姉弟が、お互いに入れ替わって生活をするという、入れ替わり系のマンガ。 姉の方は、スポーツも、勉強もできて、乱暴でけんかはやい。 弟の方は、スポーツや勉強はそこそこ、おしとやかで料理が得意だったりする。

ということなんですが、どうも全体的に不完全燃焼で終わってしまったように感じられた。 なんとなく、描きたい内容と表現方法の相性という気も。 おもしろくなりそうな設定もいくつもあったので、同じような作品に今後もチャレンジしたいと書かれているので、そのときにはグレードアップに期待。

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2004.05.22

コーチングの歴史

最近、コーチングが流行している。

よくもわるくも、日本におけるコーチングは、1997年に自己啓発セミナーの会社であるiBDが、関連会社のコーチ21を設立して導入したことが、契機になっている。 iBDは、社会学者の受講者を集めていた以外には、普通の自己啓発セミナーで、バブル崩壊以降は、自己啓発本の販売で好調のディスカヴァー21などの関連会社の方が盛んになっていく。 コーチングもそのような業務拡大の一つなのかもしれない。 この流れには、他社も追従しており、自己啓発セミナー関係では、アーク・インターナショナルの関係者だった菅原裕子、オープン・セサミ(クリエイティブ・セミナー)から独立したワンセルフ・インターナショナルなどもコーチングを打ち出している。

ところで、コーチングとは一体何なのか。 たとえば、「コーチング」「歴史」などでサーチしてみると、マッチするのは以下のような内容だ。

  • 16世紀: "coach"(馬車)という言葉が登場。
  • 1950年代: ビジネスの世界で、マイルズ・メース(Myles Mace)著、占部都美訳、『経営者の成長と育成("The Growth and Development of Executives" 1950)』、日本生産性本部、1961年の登場。
  • 1980年代: トマス・J・ピーターズ(Thomas J. Peters)、ナンシー・K・オースティン(Nancy K. Austin)著、大前研一訳、『エクセレント・リーダー -- 超優良企業への情熱("A Passion for Excellence" 1985)』、講談社、1985年。Dennis C. Kinlaw, "Coaching for Commitment -- Managerial Strategies for Obtaining Superior Performance", 1989.の登場。また、スポーツの世界で、NFLのジョージ・アレン(George Allen)、NBAのレッド・オーバック(Red Auerbach)、大学バスケットボールのジョン・ウッデン(John Wooden)、そしてティモシー・ガルウェイ(W. Timothy Gallwey)著、後藤新弥訳、『インナーゴルフ -- 自然上達法から精神集中まで("The Inner Game of Golf", 1981)』、日刊スポーツ出版社、1982年などが脚光をあびる。
  • 1992年: 米国にてコーチ・ユニバーシティ(Coach University)設立

これは、実はわたしがかなり補ったものだ。 ほとんどのページは、コーチ21のコーチングFAQのコーチング全般についてを元に、大学生がレポートをうつしたみたいに、劣化コピーされた内容が出典も明らかにされないまま、紹介されているものが多い。

それはともかく、上記の情報を読んでも、結局、コーチングというのがいかなるテクニックの集大成なのかは、ほとんどわからない。 というのも、「コーチ」という言葉がどのように使われたかを紹介しているだけで、実際に現在コーチングと呼ばれているものがどんな起源を持つのかを書いたものではないからだ。

iBDとコーチ21の代表者の伊藤守が比較的初期に書いたコーチングの本である『人を動かす10の法則』、ディスカヴァー21、1999年を読んでみる。 すると、そこに書かれているのは、上記の「歴史」の中に出てくる人々の業績というよりは、NLP(神経言語プログラミング)という一種のマニュアル化されたセラピーの技法だったりする。 また、水口幸広著、『カオスだもんね! (7) 旅情編』、アスキー出版局、2001年で紹介された際に出てくる手法は、計画を立てて、それを実行するためのマネージメント・テクニックだ(これは自己啓発セミナーなどでもよく用いられている)。

ところで、コミュニケーション・トレーニングの「コミュニケーション・トレーニングとは?」という記事を見つけた。

これによると「 1970年代アメリカでティモシー・ガラウェイ、ワーナー・エアハード、ピーター・M・センゲと言った人々によって、コーチングの基礎が築かれ、スポーツの分野のみならず、さまざまな分野への導入が試みられた。」とある。 この記事と、上の歴史の記述で一致しているのは、ティモシー・ガラウェイ(ギャロウェイ、ガルウェイ、etc.)程度である。 更に、ワーナー・エアハードというのは、1970年代と1980年代にいろいろな意味で話題になったest(Erhard Seminars Training)という自己啓発セミナーの創立者だ。 このページの作者の瀬戸口千佳という人は、プロフィールを見ると、岸英光のコーチング講座に参加したとある。 岸英光は、コミュニケーション・トレーニングという団体の代表だ。 彼のコーチングの記事が、2004年2月23日の産經新聞に取り上げられたときの見出しは「"モダンな禅"コーチングに熱視線」だった。 ワーナー・エアハードのestのウリは、「禅の悟りが得られる」だったことをふと思い出してしまった。

はてさて、コーチングとは一体何なのか。 本当は、「コーチング」というものがあるのだが、勝手にコーチングを自称している人がいるのか。 それとも、コーチングというのは「看板」で、その中には、企業研修や、神経言語プログラミングや、交流分析や、自己啓発セミナーや、自分で開発したテクニックなどを詰め込むのは自由なのか。 わたしには、なんとも調べれば調べるほどわからなくなってくるのだった。

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2004.05.21

〈美少女〉の現代史

ササキバラ・ゴウ著、『〈美少女〉の現代史 -- 「萌え」とキャラクター』、講談社現代新書、2004年を読む。

本書は、1980年代と1990年代を中心とした美少女キャラクター論。 吾妻ひでお、宮崎駿、高橋留美子、あだち充、DAICON FILM、ビッグウェスト、富野由悠季、そして近年の美少女ものなどを論じている。

本書で目立ったのは、「少年の戦う理由」の変遷に関する議論だ。 昔、「世界のため」、「巨人軍のため」、「あしたのため」、etc. といった戦う理由を持っていたキャラクターたちは、時代の変遷により、1980年頃から「○○○(女性の名前)のため」といったものしか、共感を呼ばなくなっていってしまう。 たとえば、「未来少年コナン」だったら「ラナのため」、「カリオストロの城」だったら「クラリスのため」だ。 この変遷によって、どのような作品がどのような表現をなし、それを見る側がどのようなスタンスを取ったのかを、美少女に焦点を当てることで語っている。

最終章「美少女という問題」では、「見られる存在」である美少女キャラクターの存在は、「見る存在」である男性消費者の存在によって形成されるという議論から、「透明な存在」、「泣ける」エロゲー、オウム、BL(ボーイズラブ)的特撮、ドールといった現象を俯瞰している。

著者の指摘するように、自分が「○○○のため」に戦っているのか、そして「○○○」の部分に入るものは何なのかには注意をしたい。 そして、その「○○○」は、世間の人々の抱いている「かっこよさ」みたいな共通規範と思い込んでいるものだったり、あるいは「本当の自分」の気持ちだと思い込んでいるものだったりするのかもしれない。 でも、それは、ひょっとすると神聖なものでもなんでもなく、ただの風潮かもしれないのだから。

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2004.05.20

GISで○○

GIS(Geographic Information System: 地理情報システム)の話を聞く。 GISというのは、いろいろな情報をデジタル化して地図に表現したもので、そのいろいろな情報を重ねて活用するのに適している。 たとえば、国土交通省のGISページなどにその一例がある。

今回の話は、基本的には、GISをどうやって、商売に活かすかという話で、マーケティングへの活用事例の紹介だった。 GISはグローバルな複数の情報の交差したデータを作って表現してくれる。 こういう作業は、人間がやるには処理能力の点から見てあまり向かない。 それで、そういうグローバルな情報と、実際の現地に行ってみてみたミクロな情報の両面から、マーケティングを行うと便利だということだった。

わたしの場合、仕事柄、GISのデータは、主に地形情報を使って、CGを作るのに使えるとか、そういう発想がメインだったので、けっこう楽しく聞くことができた。

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2004.05.19

からくりアンモラル

森奈津子著、『からくりアンモラル』、早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション、2004年を読む。

森奈津子と言えば、以前『姫百合たちの午後』の回でも取り上げたが、コメディ・タッチのレズビアンものの小説を数多く書いている。 しかし、本書は、コメディ・タッチの作品ではなく、どちらかと言えば、チクリとイタイ系のSF作品がおさめられた短篇集で、森奈津子異色作品集とでもいった感じの本になっている。

どの作品も、読んでいると、登場人物たちの業の深さをジクジク感じられる。 もう好きや嫌いというレベルでなく、情念の世界という感じ。

そう。 そういう意味では、とっても森奈津子らしい作品集でもある。 いままで、森奈津子のコメディ系の作品しか読んだことがない人には、新しい世界がひろがるだろう。 それが、心地よい世界かどうかはなんとも言えないところだが、世界がいきなり広くなったような気がするかもしれない。

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2004.05.18

誕生日

30才をむかえた方の誕生日のお祝いをした。

自分の場合、誕生日を迎えると、年をとったなという感慨など、いろいろな思いが去来する。 特に20代→30代というのは、一つの節目なので、なおさらだろう。

今回の場合、それだけにとにかくよろこんでいただけたのが、大変よかった。 おめでとうございました。

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2004.05.17

ジョイスを読む

結城英雄著、『ジョイスを読む -- 二十世紀最大の言葉の魔術師』、集英社新書、2004年を読む。

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は、1904年6月16日の出来事を描いた長編実験小説だ。 今年は、その100周年ということで、ReJoyce Dublin 2004というイベントも企画されている(が、ローレンス・レッシグ教授のLessig Blog(JP)著作権悪用者:ジョイスの遺産管理団体というエントリーのような話もあり、果たしてどうなったのか?)。

そんなことを思いながら、この本を読んだ。 この本では、ジョイスの生涯、4大作品(『ダブリンの市民』、『若い芸術家の肖像』、『ユリシーズ』、『フィネガンズ・ウェイク』)の解説、その社会的な評価などが紹介されていて、とてもよかった。 社会的評価を紹介している部分では、『ユリシーズ』の猥褻裁判について触れられている。 わたしはこれ以外では、ジョイスの紹介書としては、大澤正佳著、『ジョイスのための長い通夜』、青土社、1988年を持っているくらいだが、本書の方がスタンダードで適切な紹介だと感じた。

本書の著者の結城英雄氏の新訳だということで、岩波文庫の『ダブリンの市民』も早速購入した。 個人的には、柳瀬尚紀の『ユリシーズ』の翻訳が、1〜6章と12章のみで、完結していないのが残念。 刊行される日は来るのだろうか。

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2004.05.16

レベルE

冨樫義博著、『レベルE(1)〜(3)』、集英社 ジャンプ・コミックス、1996〜1997年を読む。

本が数千冊近くになって、部屋を占領してきた。 なので、整理して、古本屋に売るものと残すものを分けようとしている。 とりあえず、段ボールを買ってきて、マンガから整理をはじめた。 どうせなら、なるべく、そろいで古本屋に出そうと思って、Excelでどの段ボール箱に何を入れたかを記録しつつ収納している。 普段は、背筋を使うような仕事や運動をあまりしていないせいもあって、段ボール6箱くらいソートして、つめて、つみあげた段階で疲れてきた。 少しずつやることにしようという気分に。

そんな作業をしていて、冨樫義博の『レベルE』を発見。 冨樫義博は、『幽々白書』や『HUNTER×HUNTER』で有名な漫画家。 この『レベルE』は、『幽々白書』をなかば荒れ気味で終わらせ、『HUNTER×HUNTER』で漫画家として復活する、ちょうど間の時期に描かれた前衛的なギャグ作品だ。 連載も、週刊誌に月1回くらいのペースという珍しい形で行われた。

整理作業が終わって休みながら読んでみたが、今読んでもおもしろい。 お話は、頭は非常にいいけれど、他人を手間ひまかけてなんともいやーーーな気分にするようないたずらをしかけることを人生にしている異星人の王子が、地球に治安維持対策委員としてやってきて、珍事件をくりひろげるというもの。

『HUNTER×HUNTER』は、少年の成長と対決の物語として、普通の少年ジャンプ的なおもしろさと、何か非常にひねったおもしろさの2つを兼ね備えている。 この後者のおもしろさが『レベルE』のおもしろさだ。 ストレートなギャグとして読もうとしてもあまりおもしろくなく、ひねったひねり具合を楽しむ作品なのだろう。

今、読んでいて気づいたのだが、惑星をまるごとRPGの舞台にしてしまう話や、他種族を根絶やしにして生殖する異生物の女王の話など、現在の『HUNTER×HUNTER』の原点とも言うべきアイデアが既に語られていた。 一見、クラピカと見違えるショットもあり、なかなか感動ものだった。

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2004.05.15

うそとホント

ブリジット・ラベ、ミシェル・ピュエシュ著、高橋啓訳、『哲学のおやつ うそとホント』、NHK出版、2004年を買う。

《哲学のおやつ》シリーズは、子ども(といってもシニアくらい)向けの新書サイズの本で、現在3冊出ており、本書『うそとホント』(同時収録「しあわせとふしあわせ」)の他に、『生きると死ぬ』(同時収録「知ってると知らない」)、『ゆっくりとはやく』(同時収録「笑うと泣く」)がある。 どれも90ページ強で、比較的すぐに読める。

これらの中では、特に『うそとホント』に収録されている「しあわせとふしあわせ」が秀逸だったと思う。 しあわせとかふしあわせとかいうものは、自分の状態に対する自分の解釈だ。 だから、これらには不確定さがつきまとう。 ものの考え方次第で、同じことでも、しあわせに思えたり、ふしあわせに思えたりする。 他者との比較で、しあわせに感じたり、ふしあわせに感じたりすることもある。 ここで、しあわせやふしあわせは解釈の問題だから、解釈の方を変えればしあわせになれるとか、そういう問題を極端に単純化したバカなことを言ったり、安易な解決方法を示さないのが、本書の立派なところだと思う。

他人の意見ではなく、自分でこうしたらしあわせになりそうと思えることを、自分にできるところから、ちょっとずつでもやってみる。 しあわせの青い鳥は、天空遥かな魔物うごめく塔の頂上にいるのではなく、身近なちょっとした、でも着実な努力とともにいるのかもしれない。

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2004.05.14

タイムスリップグリコ 鉄人28号編

取り組みが、新聞で取り上げられたりしておおわらわだった。

そんなこんなで煮詰まって、原えりすんの電気オタク商品研究所さんの5月12日の回で紹介されていた「タイムスリップグリコ鉄人28号編」が衝動的に欲しくなってしまい、3つも購入した。

「飛べ鉄人!」「モンスター」「桜田門の決闘」などが出たが、どれもこれもものすごくよくできていて感心。

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2004.05.13

犬は勘定に入れません

コニー・ウィリス著、大森望訳、『犬は勘定に入れません -- あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』、早川書房、2004年を読む。

これは完全に個人的な妄想だが、いくつか歴史には、何か不可思議な事件を突っ込めそうな「隙間」みたいなものがあるような気がする。 それは、日本だったら明治の終わりから昭和のはじめで、イギリスだったら19世紀の後半から20世紀の頭くらいの時期。 この辺りの時代は、オカルトじみた物語や、怪盗や探偵物の舞台として、いい感じの風情をかもしている。

本書『犬は勘定に入れません』は、時間旅行が可能になりつつある21世紀の史学部の学生が、ヴィクトリア朝のイギリスに派遣されて、ひどい目に会いまくるコメディ作品だ。 作者のコニー・ウィリスは、イギリスではなく、アメリカのコロラド州デンバーの生まれだが、この作品のギャグは、ヴィクトリア朝の雰囲気やバカさ加減を感じさせるようなものになっていて、とにかく楽しめる。

21世紀に、第二次世界大戦で消失した大聖堂を復元しようとする猛女にこきつかわれて、大聖堂の収蔵品の「主教の鳥株」の行方を探す羽目になったネッド・ヘンリーくんは、激務のあまり2週間の安静を言い渡される。 猛女の魔の手を逃れて、ヴィクトリア朝で用事を足すついでに休養してくるように命じられるが、ドタバタの挙げ句、任務不明のまま、時間の彼方で珍道中を繰り広げることになる。 しかも、タイムパラドックスから、カオス的な歴史のふるまいに大打撃を与えそうになって、その収拾にかけずりまわる羽目に・・・というお話。 出てくる人物は、どれもこれも変な人物ばかりで、降霊会に夢中な夫人とか、金魚に命をかける貴族とか、わがままでセンスが最悪なお嬢さまとか、ブルドッグを偏愛する青年などなど。

わたしは、ここのところ、スケジュールがめちゃくちゃで、もうぐったりという感じだった。 そこへ、この本が現れた。 この本は、まさに逃避するのにうってつけ。 おもしろくて、しかもそれなりのボリュームを持っているという・・・代物だった。 なので、そんなことをしている場合じゃないのに、思わず読んでしまった。 それでも、気分は回復したし、充実感もばっちりで、読んだだけの意義は十分あったので、よかったことにしておこう。

関連ページ: コニー・ウィリス日本語サイト: 神は勘定に入れません

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2004.05.12

マイナス[完全版] 1〜3

山崎さやか著、『マイナス [完全版] (1)〜(3)』、エンターブレイン ビームコミックス、2004年を読む。

これは、ヤングサンデーで1990年代中期に連載していた漫画の完全版。 当時は、単行本に未収録の回などもあったという。 わたしは、当時読んでいなかったので、具体的にどうだったのかはわからない。

お話は、他者の評価をとてつもなく気にする高校の女教師、恩田さゆり。 彼女は、他者の評価を気にしすぎるあまり、対人態度が激しく変化し、セックス、試験内容、服装、頭髪、窃盗、傷害、殺人、・・・といったことまで無分別(いや、ある意味ものすごく分別的だが)に、他人にサービスしてみせる。 他人からの評価をよくしようとするあまり、常識の枠を越えまくってしまう。 そして、暴走しまくった挙げ句に破綻をきたして、すべてを最後に清算する羽目に・・・というもの。

個人的には、死んだ子どもを自分が生き残るために焼いてけろりと食べてしまうエピソードや、究極の支配力を求めて先輩教員、校長、元文部官僚、そして妄想に支配されて生徒たちと次々と関係を持ってしまうエピソードなどが、衝撃的だった。

モラルや常識は、ある意味、世間一般の人たちが物事をどう解釈するかという問題であり、社会的なお約束だと思う。 恩田さゆりは、他人の評価をめちゃくちゃ気にするが、それは他人が自分をどう評価しているかが的確に把握できず、過剰な方に解釈していることも一つの原因だ。 これは、また、社会的なお約束がよく見えていないということにも関係していて、モラルや常識の軽視にも繋がっていく。 その恩田が見てしまった世界は、本人にどれだけ自覚があったかは不明だが、随分、一般人の見ていたものとは異なっていたものであることは確かだ。

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2004.05.11

パッション ガイドブック 100のQ&A

トム・アレン他共著、椎葉淳訳、『パッション ガイドブック 100のQ&A』、ドン・ボスコ社、2004年を買う。

映画の方は、「パッション」の回に書いたけれど、個人的には見なくてもよかったという感じだったが、とりあえずこのガイドブックは買ってみた。

カトリック系で、500円で100ページちょっとの本だった。 近くのTSUTAYAでは、目立たないところに置かれていたが、たぶん目立つところに置けばそこそこは売れそうな気がする。 内容に関しては、目次が付いていなくて、どんな項目があるのか全ページ見ないとわからないので、目次か索引をつけて欲しかったかも。

と、書いた後で気づいたのだが、奇しくもちょうど服部弘一郎さんの新佃島・映画ジャーナル「グーグル文字化け対策」の回でも、この本は取り上げられているので、トラックバック。

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2004.05.10

UNIX USER

UNIX USERの2004年6月号を買う。

藤田昭人、UNIX考古学「第14回 Berkeley Pascal System」では、2BSD収録のPascalがVersion 7 UNIXで実はコンパイルできないことが判明。 それでもなんとか2.8BSDのPascalを使って、強引に実行している・・・。 BSDのポイントと言えば、csh、exとviなどが思いつくが、この連載で、Pascalもポイントの一つだったというのは勉強になった。

そういえば、この間、FreeBSDをインストールした際には、Free Pascalを入れてみた。 ちょっといじってみようかという気になってきた。

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2004.05.09

1回休み

体力切れて1回休み

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2004.05.08

パッション

映画「パッション」を見る。

夜の部の上映だったが、席のうまり具合は1/4〜1/3程度、料金も安かった。 でも、個人的には見なくてもいい映画だったと感じた。

フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF、1977年)に、マーサー教というのが出てくる。 マーサー教では、教祖マーサーの受難体験を、仮想現実システムによって信徒が共有する。 そういうのにも向かない映像だったような気が。

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2004.05.07

脳のなんでも小事典

川島隆太、泰羅雅登、中村克樹著、『脳をパワーアップしたい大人のための 脳のなんでも小事典 -- 脳を知り、鍛え、育むためのビジュアルガイド』、技術評論社、2004年を読む。 本書は、計算や音読で脳が活性化するという研究で話題を呼んでいる東北大学の未来科学技術共同研究センターの川島隆太らによる脳科学の一般向け科学書。 川島氏は、最近、非常にたくさんの本を出しているが、2名の共著者と著わした本書は、その中でも比較的素直なブレイン・サイエンスの解説書であり、現在までの科学的成果を知りたいと思った場合には適当かなと思った。

そもそも、川島氏の研究というのは、簡単に言ってしまえば、さまざまな状況や人の脳のどの部位が活性化しているかをPETやfMRIなどで調べたりするもの。 その中には、ゲームをプレイしているときのものや、計算や音読をしているときのものが含まれていた。 また、川島氏は、熱烈な家族主義者でもあり、科学的な研究の成果と古き良き家族的なイデオロギーの両方を発信するという傾向がある。 このため、ゲームの危険性をうたった森昭雄氏の『ゲーム脳の恐怖』(この本の内容には大いに批判が集まっている)、公文式、場合によっては一部の宗教とともに語られたりしている。 なんとも微妙なところだ。

なお、児童虐待の問題についても触れられている。 簡単に本書全体の知識を元に、わたしなりに書き直してみるとこんな感じだろうか。 まず、幼い頃は、脳が発達しきっていないので、長期記憶が作られにくい。 だから、インナーチャイルドだの、PTSDだのに関する一部の本が強く主張するのとは異なり、幼い頃の記憶がほとんどないのは、幼い頃に親にいじめられたということを直視するとつらくて生きていけないので、その感情を抑圧しているから思い出せないのではなく、当たり前のことなのだ。 これはもちろん虐待しても大丈夫と言っているわけではない。 たとえば脳の機能には、それぞれ発達する時期がある。 虐待によって、その発達が阻害される可能性もあり、これは大きな問題だ。 ホームオブハートの事件では、段ボールに子どもを入れていたようだが、脳機能の発達の面から考えて、その影響は非常に気になる。 また、仮に発達が阻害されなかったとしても、そもそも苦痛を与える行為、それ自身がよくないことは言うまでもない。

参考: ホームオブハートとToshi問題を考える会ホームオブハートとToshi問題を考える BLOG版、紀藤弁護士のホームオブハートとToshi問題を考える

なお、ホームオブハートに関しては、このサイトでも「きっとまた会える」「ホームオブハート」「リゾート開発と自己啓発セミナーだった頃」で取り上げた。

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2004.05.06

おいしい水 安全な水

左巻健男著、『入門ビジュアルエコロジー おいしい水 安全な水』、日本実業出版社、2000年を買う。

なぜか世の中、水を売りたがる人たちがいる。 浄水器、ミネラル・ウォーター、波動水、etc. これらのイメージがものすごく悪いのは、うたっている素晴らしい効果があまりにあやしかったり、MLMとして行われているものが目立つからだ。

なお、個人的には、浄水器や健康にいいと称する飲み物を売りつけられそうになったら、それ以降の話は聞く気が全くなくなる確率が極めて高い。 また、健康いいと称する謎の飲料を出されると、むしろ体によくないものでも入っていないだろうかという気が強くしてくる。

それで、書店で目につく「水」の本は、水道水がいかに健康に悪く、自分の開発した(あやしい)原理に基づいた水が奇跡的な効果を発揮するかというものだったりする。 本書は、シリーズ名に「エコロジー」という、タイトルに「安全」という、一見、ソレ系の単語が入っているが、中身はとてもまじめだ。 また、わかりやすいし、いろいろなデータも載っていて、勉強になる。 更に、ソレ系の水に関しても、適切に解説されている。

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2004.05.05

連休最終日のIT仕事

連休の最終日は仕事三昧。 体の不自由な方の自立支援に情報技術でニッチな市場を狙えるかというミーティングと、連休明けから利用する70台近くのマシンのインストール作業。 終わって疲れ果てて、落ちてしまった。

それで前者の話は、基本のところは簡単だが、実用レベルになるにはさまざまな知識と経験を要求され、そのギャップをどう埋めるかということがポイントかなと。 また、あまり経験のない方が、例えばデータ・センターのようなサーバの運営ができるかというような相談もあり、考え込む。 もちろん、単にデータを置いて、それを見ることができるようにするだけならさほど難しくないが、これまた実用レベルということになると・・・。

たとえばLinuxなどでWebDAVによるサービスの提供を想定したとしよう。 まずは、Linuxの操作に加えて、システム管理者としてのスキルが必要になる。 また、RAIDシステムの導入、バックアップとその管理(データの性質によってはかなり悩ましいことになりそうな)を行う必要もあるだろう。 そして、適切な人だけがデータを置くことができて、適切な人だけがデータを取得することができるようにApacheなりなんなりを設定しなければならない。 サービスの立ち上げ以降では、たびたび発生するOSやソフトウェアのセキュリティ・ホールの対策も行い、数多く発生するであろうユーザ対応の仕事もある。 これだけの技術を一から身につけるのは、相当に時間とお金と熱意が必要だろう。

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2004.05.04

エッチングとデジタル化

古いエッチングの作品をデジタル化したり、作家の情報を現在のデジタル技術を援用して総合的にプレゼンテーションするという計画のミーティングを行った。 基本的に、エッチングなどをデジタル化する場合の課題は、どれだけ正確に色のデータを取得するかということと、細密な作品をどのくらいの解像度で撮影すればいいのかということだと思う。

ところで、過去の作品の図録を、実物と直接比較してみたが、色を極端に補正していて、作品の柔らかな雰囲気が出ていない。 とは言え、彩度やコントラストをあえて高くした方が、きれいで新鮮に見えたりするので、印刷の現場ではそういう補正が好まれるような。 また、一般的にシャープネスを強めにかけた画像データも好まれる。

いずれにせよ、記憶と現物はかなり異なるし、普段見慣れている印刷物と実物もかなり異なっている場合が多い。 この辺は、正確か否かという問題よりも、普段接しているものがどうかとか、どういうものが好まれるかという話になってくるので、それをどういうふうに科学的、あるいは技術的に取り扱えばいいのかは非常に微妙で悩ましい。

はてさて。

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2004.05.03

連休な日々

この連休は、最初の段階で風邪をひいて寝込んでしまった。 それで、ふたをあけてみると、結局、休養した後は、資料の整理、コピー、読み込み、分析、それからソフトウェアのインストール作業に明け暮れることになった。

『ミドルセックス』『犬は勘定に入れません』などのむちゃくちゃおもしろそうな本とか、『Head First Java』などを読もうと思っていたが、どうやらそういうことにはなりそうにもない。

そんなことを考えながら、何故か、ふと思い立って、しばらくやっていなかったネットワーク対戦のアクション・ゲームを起動してつなげてみた。 しばらくやっていなかったので、画面に表示される情報を把握しきれなかったり、緊急時の対応がダメダメだったりして、けっこう、負ける。 相方になった方、どうもすいません。

さて、世界はどんな状況かなと思って、ランキングを見てみることにした。 このゲームは、スタートして約半年程度になるが、プレイヤーの数は連休の夜でも、開戦当初に比べると随分減っていた。 それで、わたしの勝率は1/3程度なのに、ランキングでも上位1/3程度(ただし、ランキングにはどれだけゲーム数をこなしたのかも反映されているとは思う)。 つまり、かなりコアなプレイヤー層と、熱心でない大多数という状況らしい。 ランキング上位の方は、発売当初の1〜2ヶ月程度、毎日1時間程度楽しんでいたわたしの、おおよそ20倍近くのゲームをこなしている模様。 きっと更に、ゲームそのものよりも、チャットなども楽しんでいることだろう。 ネットワーク・ゲームというのは、いろいろな形態があるが、大雑把に言えば、どれだけそのゲームに入れこんで、時間を費やしたかがランキングに反映されやすいものだ。 などと、人間模様をぼんやり考えた。

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2004.05.02

あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度

岡崎いずみ+mico secret service著、『あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度』、第三文明社、2004年を読む。

この本は、少女マンガ雑誌や学習雑誌などの巻末で有名な「日ペン(にっぺん)の美子(みこ)ちゃん」の謎本。 著者は、かつて『磯野家の謎』などに携わり、現在ではアニメやゲームのノヴェライズの仕事をしている人だ。

この本では、実は4代目までいた日ペンの美子ちゃんを、「2ページの漫画+2ページの解説」という形式で解説していく。 日ペンの美子ちゃんに懐かしさを感じる人は、たぶん満足できると思う。 ただ解説の手法は、謎本の定番でもあるのだが、ひょっとすると、漫画であるがゆえのギャグを行うための誇張など、特異な例をひろいすぎているのではないかという気もちょっとした。

個人的には、美子ちゃんと言えば、矢吹れい子(中山星香)先生の初代(1972〜1984年)のイメージだけど、実際に読んでいたのはひろかずみ先生の4代目(1988〜1999年)がたぶん一番多いのだろうなと思った。 今見るとピカチュウっぽいペットを従えている(p.70の漫画はピカチュウのコスプレに一瞬見えた)、まつもとみな(佐藤元)先生の3代目も捨てがたいかも。

ところで、この本、第三文明社から出ているが、その辺の事情も興味深い。

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2004.05.01

まっすぐ天へ 1

的場健著、金子隆一協力、『まっすぐ天(そら)へ (1)』、講談社 イブニングKC、2004年を読む。

これは、『サイコドクター』などの漫画作品のある、的場健による、軌道エレベーターの宇宙開発漫画。 日本における衛星打ち上げ失敗、アメリカにおけるデブリ(宇宙を高速で漂うゴミ)によるシャトル墜落などの事故の影響で、宇宙開発の前途に暗雲が立ちこめてしまっているという設定で、軌道エレベーターの話が展開される。 舞台は、現代だが、カーボンナノチューブによって強力な引っぱり強度をもった物質フラロンが開発されたという設定である。 このフラロンの話は、ラリィ・ニーヴンの『リングワールド』などに出てくるヴァリアブル・ソードもかくやという感じで紹介される。

話は、飛騨翔一という、一人の日本宇宙開発局の職員を主人公に進むが、途方もない建設計画に、国家間の政治力学など、個人の力量を超えた問題が続出する。 果たして、この壮大な物語は、どうなるのか。 次巻に期待。

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