鎮魂歌(レクイエム)
グレアム・ジョイス著、浅倉久志訳、『鎮魂歌(レクイエム)』、ハヤカワ文庫FT、2004年を読む。
本書は、すぐれもののファンタジーを出している〈プラチナ・ファンタジー〉シリーズの一冊。 妻を亡くし、教職を辞したトムは、エルサレムに住んでいる親友の女性を訪ねる旅に出た。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に彩られたエルサレムで、トムは、世に知られていない死海文書を所有する老人と偶然に出会ったり、亡き妻やジン(精霊)やマグダラのマリアや教え子たちの幻に取り憑かれる。 現実の境界が崩れ果てていく中で、トムは自分自身の過去と対面していくことに・・・というお話。
本書では、イスラエルの風景、3つの宗教、セルフヘルプ的な雰囲気のあるセラピー・グループ、幻と現実、そして、人を愛するということの現実の困難さが描かれる。 幻と現実が交差する中で、トムが亡き妻をはじめとした過去の扉を次々と開いていく様は、とても鮮やかに描かれていたと思う。 「鎮魂歌」というタイトルも作品のテーマにぴったりだった。
ところで、本書では、死海文書は、現在のキリスト教の教義を否定するものとして描かれている。 この作品が書かれたのは1995年だ。 ちょうどこの直前の時期に、死海文書関係のトンデモ本が世に出て、それらも現在のキリスト教を否定するような主張を行っていた。
たとえば、死海文書がキリスト教の教義に対して重大な影響を与えるのでバチカンの陰謀により秘匿されており、これはスキャンダルだと騒ぎ立てたマイケル・べイジェント、リチャード・リー著、高尾利数訳、『死海文書の謎』、柏書房、1992年。 この原著は1991年発行である。 また、死海文書の「悪い祭司」がイエスで、死海文書の注解を読解する作法で新約聖書を解読でき、すると驚くべき真実のキリスト像がそこに書かれていると主張したバーバラ・スィーリング著、高尾利数訳、『イエスのミステリー -- 死海文書で謎を解く』、NHK出版、2003年。 この原著が出たのは1992年だ。
この2冊は、いずれも、1990年代のはじめに、本書の著者のグレアム・ジョイスが住んでいるイギリスでも刊行されている。
その辺の影響もあるのだろう、本書の示してくれた「真のキリスト教」は、残念ながらちょっと粗雑でいまいち。 個人的には、マグダラのマリアに関して書くんだったら、スキャンダルや謎のオーラをまとっているという理由で死海文書を採用するより、マグダラのマリアに関する記述が存在している「トマスによる福音書」「フィリポによる福音書」「マリアによる福音書」あたりをいろいろいじってみた方が、虚々実々の話を書けるような気がするんだけど。
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