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2004.06.14

〈美少女〉の現代史と空の境界

昨日、『空の境界』を読み終えて、それ以来、恋愛物語としての『空の境界』を考えていた。

殺人衝動を秘めた少女である式(しき)は、ほとんど感情移入を拒絶したキャラクターだが、クライマックス付近で、その構造が崩れ、突然、物語は甘い香を放つようになる。 それを見守る立場である黒桐(こくとう)幹也は、とても「いいひと」でありながら、超越した何かを持っている。 この男女関係には、『高機動幻想ガンパレードマーチ』の芝村舞と速水厚志のそれがだぶって見えた。 このような強烈だが奥手の少女キャラクターを描いた作品は、いくつか思い浮かぶ。

ササキバラ・ゴウが『〈美少女〉の現代史』で描いた輪郭をなぞれば、こういった少女キャラクターのかわいらしさを作り出しているのは、対になっている男性キャラクターの視線だ。 そこに奥手なかわいらしさを見いだすものがいなければ、その少女キャラクターは強烈なだけで終わってしまう。 また、極端に「いいひと」である男性キャラクターたちは、究極に少女キャラクターを傷つけない(実際には傷ついて、それが転機になる)ための癒しのキャラクターなのかもしれない。

そんなことをしばらく考えていた。 そう、考えていた・・・。

そして、ふと見回して見れば、物語だけではなく、現実自体も実はササキバラ・ゴウの描いてみせた構造になっているのかもしれないと・・・。

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