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2004.07.31

黒蘭 反逆の黒髪 2

近藤るるる著、『黒蘭 反逆の黒髪 巻ノ弐』、角川コミックスドラゴンJr.、2004年を読む。

このお話は、感情を分割されて、それぞれの感情を剣に封じられた少女・黒蘭が、剣の持ち主と戦って、一つずつ感情を取り戻していくというもの。 この設定は、手塚治虫の『どろろ』を思い出させる。

この作品、残念なことに、連載の度に、連載誌がなくなり、何度か雑誌を変わっている。 今回、『黒蘭』全4巻と『黒蘭 反逆の黒髪』全2巻で完結したが、このような事情で、途中で話が唐突に展開したりしているところもある。 でも、結構、物語としておもしろかったと思う。

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2004.07.30

インターネット犯罪大全

紀藤正樹著、井上トシユキ構成、『インターネット犯罪大全』、インフォバーン、2004年を買う。

紀藤弁護士といえば、カルトなどの問題や消費者問題などに取り組んでいる弁護士の一人として有名だが、インターネットに関しても、造詣が深いことが知られている。 本書は、そんな紀藤弁護士による、「Mac Fan」の連載から選んでまとめた、本格的なインターネットの法律問題に関する本だ。

インターネットに関わる法律に関する本では、現行の法律によれば、こうなるといった形式のものが多い。 それはそれで重要だ。 一方、紀藤弁護士は、それに加えて、インターネットに関しては、従来の法律では想定していなかった事柄があり、適合しない部分があり、適切なルール作りが必要であるという、主張してきている。 世の中には、インターネットだからとにかく自由とか、「インターネットだから○○」といった極めて安易な根拠による法律に関する意見が散見される。 しかし、紀藤弁護士の場合は、これらとは一線をかくした理論的なバックグラウンドを持った意見であることがわかる。

興味深い本だと思う。

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2004.07.29

本を売る

古本屋に本を売る。

段ボール10箱分くらい、コミックを古本屋に売った。 出張して買い取りしてくれるところにたのんだ。 だいたい売値は定価の1/10くらい。

いや、売る側も疲れたー

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2004.07.28

虚数霊 1

むらかわみちお著、 『虚数霊 (1)』、バーズコミックス、2004年を読む。

むらかわみちおと言えば、『還相』『Ringlet』などの独特の雰囲気を持った作品が有名。 本書は、そのむらかわみちおによる、皆川ゆかの〈運命のタロット〉シリーズの虚数精神論の設定をバックグランドとした連作短篇コミックス。

富士山の噴火で廃墟と化した東京で、骨董品屋を営む少女レナを中心として話が展開される。 この作品では、虚数精神論の発達により、モノにどのような思いが込められているかが数値化して測定可能になり、大切な思いが込められたモノほど価値が認められるという設定になっている。

少女レナや、彼女が連れているAI内蔵のぬいぐるみ・くうたんの過去等、これからますます面白くなりそう。

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2004.07.27

まほろまてぃっく 最終回

月刊コミック ガム 2004年9月号で、中山文十郎+ぢたま某の『まほろまてぃっく』の最終回を読む。

このマンガは、戦闘用の超高性能な少女型アンドロイドのまほろさんが、退役後、天然系のメイドさんとして、一人暮らしの少年のところへやってくるというお話。 これだけだと、単にあざとい話になってしまいかねないのだが、心を閉ざしていた少年がまほろさんとの出会いで変わっていくこと、また異星人とのコンタクト事件が背景としてあったことなどを描くことで、深みのある物語となっていった。

クライマックスでは、主人公たち以外の人たちは救われ、その代償として主人公たちは何もかも失ってしまった。 一体、これでどういう決着をつけるのかが非常に気になっていた。 読んでみて、納得。

でも、最終回を読み始めて、一瞬、「蒼き流星SPTレイズナー」の第二部「時は流れた!」を連想してしまった。

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2004.07.26

R.O.D. 10

倉田英之著、『R.O.D. (10)』、集英社 スーパーダッシュ文庫、2004年を読む。

これは、本が何よりも好きで、大英図書館の特殊エージェントを生業としている25才の女性、読子・リードマンのお話。

本編では、グーテンベルグの聖書を巡って派手なバトルが展開されているが、この巻は外伝ということで、とある女子高に大英図書館から奪われた本を取り返すために、読子さんが潜入する。 しかも、その女子高は、読書のために作られていて、愛書狂にとってはまさにパラダイスのような状態。 そこで展開する、百合っぽい展開も、バカバカしくておもしろかった。

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2004.07.25

ロリータ℃の素敵な冒険

大塚英志著、『ロリータ℃の素敵な冒険』、徳間書店、2004年を読む。

これは、〈多重人格探偵サイコ〉シリーズをベースにしつつ、他の作品のキャラクターも登場する小説。 〈多重人格探偵サイコ〉の方は、一応少しは読んでおいた方が無難だとは思う。

それでお話は、と書こうとしてちょっと悩んでしまった。 小説でありながら、ストーリーを語ることにどれだけ意味があるのか、わからなくなったからだ。

このお話は、〈多重人格探偵サイコ〉のサイド・ストーリーのようなもので、本編のストーリーと、過去の幼女連続殺人事件と、本編をリミックスしたサブカル事件の3本が柱になっている。 それでいて、どの事件も解決したのかしないのか、あまりはっきりしない。 いずれも中途半端なところで、他のストーリーがはじまってしまう。

帯には、「愛と勇気の教養小説(ビルディングスロマン)」と書かれている。 確かに、少女が少年と出会って、何かが変わったというお話でもある。 でも、ストーリーは、事件の方を軸に展開していて、事件を追っかけていったら、いつの間にかそうなっていたという感じなのだ。

なんとも、語りがたい小説だった。

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2004.07.24

メールに付け足して掲示板にコピー

この間、とあるエスタブリッシュメントな宗教の関係者の方から、メールで質問をいただいて、返事をした。 すると、驚いたことに、相手の人が、いきなりその内容に自分の見解を付けたして、匿名希望で掲示板に投稿しているのだった。

まるで、わたしが、その方の見解を持っていて、匿名を希望して書き込んでいるみたいに見えるんですが・・・。

公に書いていることは、どんどん引用して欲しいところ(出典を書くとかリンクしてくれれば、もっとうれしい)。 でも、メールの内容に、自分の見解を、区別がつかないように混ぜて、掲示板に投稿するのは、さすがに良識を疑ってしまうよ。 うーん。

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2004.07.23

グラディウスV

往年のシューティング・ゲームの最新作、『グラディウスV』、コナミ、2004年を買う。

このシリーズを昔やったときには、「ある程度」までは、練習で「少しずつ」うまくなるというイメージがあった。 何回やっても○○面どまりというシューティング・ゲームがあって、それに比べれば、それなりに練習効果があるという感じだった。 今作でも、一応、何度かプレイし続けていると、先の面まで進めるようになった。 もっとも、これはゲームの調整がうまいというよりも、トータルのプレイ時間が増加すると残機数が増えるせいかもしれないが。 はじめてやったゲームでいきなり神業プレイを披露するシューティング・ゲーム適格者を見て唖然としたことがある、自分のようなゲーマーにとっては、このくらいの達成度がありがたい感じ。 早晩、壁にぶつかるとは思うが。

今作では、オプションを固定したり、オプションの攻撃方法をコントロールしたり、いろいろな機種がある。 特にボスと戦うときには、オプションやレーザーやダブルなどの組み合わせ次第で相当に難易度が変化する。 ある程度の条件を満たすとウェポン・エディットが可能になるらしいが、変なレーザーやミサイルを使いたいので、早く出て欲しい気分。

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2004.07.22

背中と腰に来た話

今、部屋の中の数千冊くらいある本の整理を2ヶ月ほどかけて行っている最中。 古本として売るつもりの本とそうでない本を選り分けている。 段ボールにつめて、つみあげたり、運んだりで、結構、腰にきていた。

また、わたしはスポーツとしては、陸上でやるものはあまり好きでなく、プールに行っている。 しかし、昨日、取材の遠足で、久しぶりに歩きまわることになった。 普段使わない種類の筋肉を使ったら・・・。

今日になって、腰から背中にかけて、痛くなってきた。 うーん、うーん。

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2004.07.21

新本格魔法少女りすか

西尾維新著、『新本格魔法少女りすか』、講談社ノベルス、2004年を読む。

これは、世界と戦う少年と、偉大な父を探す少女の物語。 少年は、自分が素晴らしい人間であるという執着に囚われ、野望を達成しようとあがく。 そんな少年が見いだしたのは、魔法使いの少女。 少女は、究極の魔法使いである父を探して、この世界にやってきた。 しかし、少女にあるのは、決まりきったものごとを成し遂げる時間を省略する能力だけ。 ただし、ひとたび、流血により死に至ろうとすると、父の仕掛けた魔法が発動し、強力な大人の魔法使いに一分間だけ変わることができる。 そんな二人が出会う、魔法が関係した事件の物語。

「いろいろ」な意味で、「痛い」話だった(悪口ではない)。

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2004.07.20

オブジェクト指向でなぜつくるのか

平澤章著、『オブジェクト指向でなぜつくるのか -- 知っておきたいプログラミング、UML、設計の基礎知識』、日経BP社、2004年を読む。

本書は、オブジェクト指向の今日的な全体像を把握するのに適した本だった。 具体的なプログラムの書き方とかは書いていないので、そちらを希望する人には向かない。

はじめてオブジェクト指向の本を読むと、見慣れない用語がいきなりたくさん出てきて混乱したり、何のために用意されているのかわからない機能がいくつもあって、とまどうことがあるかもしれない。 特に、いきなりアプリケーションのつくり方に入るような本の場合、とにかくこういうふうに書くと、こうなって、こんな感じに簡単なアプリができましたというふうなっていて、応用して独自のアプリを作ろうとした途端に、全体的な方針がよくわからずに途方に暮れるかもしれない。

個人的には、簡単に全体像を知りつつ、具体的なプログラミングを行うのが効率がいいと思っている。 その全体像をつかむというのには、いい本だったと思う。

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2004.07.19

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 1、2

夢枕獏著、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』、徳間書店の巻ノ一とニを読む。

「SFアドベンチャー」で1988年2月号から連載を開始し、最近「問題小説」で完結した『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』が遂に、単行本化された。 1988年と言えば、傑作『上弦の月を喰べる獅子』の連載が盛り上がっていた頃で、連載がはじまった本書も、非常におもしろかった。 その後、連載していた雑誌の刊行が停まったり、いろいろあって、未完の大作になったら、悲しいなあと思っていただけに、今回の刊行はとてもうれしかった。

お話は、密教を求めて、遣唐使の一行とともに唐に渡った空海が、怪異と渡り合うというもの。 『陰陽師』にも通じる、男二人のやりとりを中心に話が展開していく。

500ページ近いハードカバー2冊だったが、あっという間に読み終わった。 全4巻の予定で、後は8月と9月に1巻ずつでるらしい。

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2004.07.18

ネットで再会

Webサイトに関して、昔の知人からメールをもらった。 ただし、相手はわたしのことがわからなかったようだ(というか、当時から眼中に入っていなかった?)。 一方、わたしの方は、すぐにわかった。

もう、十数年くらい会っていないだろうか。 当時、彼は、その分野では古典的な名著、ただしちょっと変人向けな本を毎日持ち歩いて読んでいた。 情熱は熱く燃え、勉強はたぶんできた。 「たぶん」というのは、それが適切に表現されることがほとんどなかったからだ。

そう、彼には社会的なスキルがなかった。 いや、なかったというよりは興味がなかったと思う。 彼のとりあえずの目標は、その学問を極めることだった。 でも、学問を極めるって、どういうことなのかは、とても不明確だ。

たぶん、かなりの割合で「その道の第一人者と言われる人」イコール「その学問を一番よく理解している人」ではないだろう。 また、「素晴らしい発見をした人」イコール「その学問を一番よく理解している人」でもないだろう。

この世界は、非常に複雑な因果がからんでできている。 だから、自分一人でなんとかなることと、そうでないことがあって、そうでないことは自分の努力や実力が必ずしも報われるわけではない。 それで、前者と後者が入り交じったり、区別がよくついていないと大変だが、たぶんそういう状態だったのだと思う。

昔のことを思い出して、しみじみとした。

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2004.07.17

精神道入門

小栗左多里著、『こんな私も修行したい! 精神道入門』、幻冬舎、2004年を読む。

本書は、マンガ家の小栗左多里による、修行の体験漫画+エッセイだ。 紹介されているのは、メディテーション、写経、座禅、滝行、断食、お遍路、内観など。

これらの「修行」は、商業化・レジャー化されており、「ちょっとした入門」講座が、お寺などによって開かれていたり、精神世界系の人によって開催されていたりする。 著者が出かけていったところも、そんな感じのものが多く、一部のものを除けば、敷居は低めに設定されていたり、俗っぽいところがあったりする。 このような外部からのお客さんを受け入れることに積極的な、ある意味、経営に意欲的なお寺に行ったお話では、モダンでお金のかかっていそうな建物を見て、檀家の負担は大丈夫か?と著者が考えるシーンが何度か出てきたりしている。 一方で、精神世界系の人がやっているものに行った話では、プチ・グル化しているような雰囲気があったりして、どことなく神秘的というよりはうさんくさい感じも。

もっとも、このような傾向は、主催者の側だけではなく、参加者の側の要望との二人三脚で生み出されてきたものだろう。 参加者の側も、そもそも悟りとか、解脱とかについて、それほどシリアスではなく、むしろ、なんとなく平常心や心の平安が得られたらいいなあとか、なんか神秘的なことに出会いたいなあとか、心が変化するような見たことがないようなアトラクションを体験したいなあとか、そういう感じであることが想像される。 どうせなら、こぎれいな場所で修行したかったり、ありがたいお話を聞いてみたり、なんかこの世には不思議なことがあって、そういうものが自分にラッキーな何かをもたらしてくれるという願望を強化して欲しかったりするのだろう。

さて、話を戻して。 本書の場合、とにかくいろいろやってみた結果、修行の意味、修行者の現実、雑念や幸せとは何かといった根本的な問題に回帰した。 また、最後まで読んで、改めて最初から読み直すと、「修行」を行うにあたって、しばしばつらいのはいやだとか、少しでも心地よくしようとか、そもそも「何のために」修行しに来ているのかと思わずにはいられなくなるシーンが続出することにも改めて驚く。 これらは、修行にまつわる、なにがしかの真実の断片のような気がしてならない。

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2004.07.16

ルンペルシュチルツフェン

グリム兄弟著、楠山正雄訳、『ルンペルシュチルツフェン』が、青空文庫に登場。

荻原規子の〈西の善き魔女〉シリーズの主人公の一人、ルーンのフルネームはグリム童話からとられていてルンペルシュツルツキンというが、そのお話がこれ。 何かと代償に願いを叶えてくれる小人のお話だが、最後に小人が豹変するところがなかなか強烈。

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2004.07.15

Dr.フロイトのカルテ

檜原まり子著、『Dr.(ドクトル)フロイトのカルテ』、講談社X文庫ホワイトハート、2004年を読む。

フロイトを主人公にした、ボーイズ・ラブ風味の小説を読んでみたくないか? もしも、そうだったら、この『Dr.フロイトのカルテ』はおすすめだ。

あとがきには、「今までのボーイズラブとはまったく異なったジャンル」と書いてある。 でも、キャラクターの造形といい、展開といい、それ以外のナニモノでもなかったりする。

若く美しいフロイト先生。 患者が聞いたら卒倒しそうになるような、性欲に関する理論や単語を平然と口にしながらも、まったくの奥手で未経験。 しかも、研究熱心で、謎を見抜く眼を持ちながらも、天然。 そして、身の回りのことは何もできないというキャラクター。

その助手のフェリックスくんは、お料理が上手な上に、家事もこなす心強いキャラクター。 そして、ひそかにフロイト先生を「かわいく」て「守ってあげたい」とまで思っている。 ときどき、フロイト先生に弱いお酒を飲ませて「いじめて」しまうことまであるのだ。

そんな二人が出会うのは、ショタやサバイバーな風味の事件(いや、それ以外に推理ものっぽいのも1件あるけど)。

是非、フロイトその人に感想を聞いてみたくなるような作品だ。

なお、催眠、麻酔、消毒、○中毒などの話も出てくる。

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2004.07.14

DDD JtheE.

「ファウスト」Vol.3に載っていた那須きのこの「DDD JtheE.」を読む。

那須きのこは、『空の境界 (上・下)』の作者。 今回の「DDD JtheE.」も、作品の雰囲気はかなり『空の境界』に近い。

悪魔憑きと呼ばれる、通常の人間を凌駕した異形のものが起こす事件が発生しているという設定で、悪魔払いを行う、左腕を失った石杖所在(アリカ)の物語。 悪魔憑きの原因は、鬱病とも、社会的環境とも、精神が肉体を変化させたこととも、言われている。

「悪魔という概念は弱さの全肯定でね。」「見失っていただけの社会性を、完全に失わせてしまうんだよ。」「本当に怖い人間っていうのはね、培ってきた過去も未来もどうでもいい、今は"現在"しか見えてないっていう人のコト。」

いや、まったく。

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2004.07.13

1回休み

疲れが出て、1回休み

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2004.07.12

水源

アイン・ランド著、藤森かよこ訳、『水源』、ビジネス社、2004年を買う。

アイン・ランドは、「世間に理解されない理想を追いかける孤高の人間」を描いたとも、「独りよがりで自尊心ばかりが肥大した困ったちゃん」を描いたとも言われる。 そのアイン・ランドの長編小説は、この『水源』と『肩をすくめたアトラス(Atlas Shrugged)』の2冊が有名だが、その内の片方が今回遂に翻訳されたので購入した。

この『水源』は、二段組で1000ページを超える、長編小説。 ゲイリー・クーパーとパトリシア・ニールの出演で、1949年に映画化もされている。 日本での公開名は「摩天楼」。 果たして、小説の出来はどうなのか、楽しみ。

なお、アイン・ランドの「客観主義」カルトにおけるドタバタは、マイクル・シャーマー著、岡田靖史訳、『なぜ人はニセ科学を信じるのか (1) -- 奇妙な論理が蔓延するとき』、ハヤカワ文庫NF、2003年で取り上げられている。

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2004.07.11

自由に生きる 創造的に生きる 下

菅靖彦著、NHKこころをよむ『自由に生きる 創造的に生きる -- 本当の大人になるには(下)』、日本放送出版協会、2004年を読む。

これは、以前取り上げた『自由に生きる 創造的に生きる(上)』の続刊。 NHKのラジオ第2放送で日曜の午後に放送されている番組のテキストだ。

上は、トランスパーソナルの紹介だったが、下では、主に通過儀礼と死の問題を扱っている。 これらは、ある意味、トランスパーソナルの中心的課題と言ってもいいだろう。 ある種の修行やセラピーやワークは、通過儀礼の構造を持っている。 また、通過儀礼は死と再生をモチーフにしているからだ。

相変わらず、基本となる概念やアイデアは、印象や事例や直感から得られているように見え、反現代というか、神秘主義的で懐古趣味的な色彩が強い話が多かった。

なお、本書で取り上げられているスタニスラフ・グロフやキューブラー・ロスは、ポール・エドワーズ著、皆神龍太郎監修、福岡洋一訳、『輪廻体験 -- 神話の検証』、太田出版、2000年で批判されている。

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2004.07.10

西の善き魔女 1

荻原規子原作、桃川春日子漫画、『西の善き魔女 (1)』、マッグガーデン BLADE COMICS、2004年を読む。

本書は、小説『西の善き魔女』のコミック版。 多少、話の展開などは異なるものの、概ね、小説に沿った作品となっている。

個人的には、けっこう、この作品は悪くないと思っているのだけれど、この調子で小説をコミック化していくと、相当膨大なものになるはず。 果たして、今後どうなるのだろうか。

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2004.07.09

デンデラノの聖は白い光に包まれて

遠野に行く。

道の駅 遠野 風の丘に立ち寄ったところ、山野雉子という作家による同人誌が置かれていたので、『デンデラノの聖は白い光に包まれて』と『遠野はうっこでござる「異聞・遠野の変」』の2冊を購入した。 それぞれ200ページ程度の小説のコピー誌で、丁寧に手で布製本された本だ。

山野雉子は、虫のギャラリーの館長の葛西四朗氏のペンネームで、氏は定年退職後に自然が豊かな遠野で昆虫を集めているとのこと。

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2004.07.08

抄訳 フィネガンズ・ウェイク

ジェイムズ・ジョイス著、宮田恭子編訳、『抄訳 フィネガンズ・ウェイク』、集英社、2004年を買う。

ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』と言えば、英語をベースにしているものの、いろいろな言葉が混ざって溶け合っている翻訳困難な小説。 これまでには、柳瀬尚紀による翻訳(河出文庫 2004年)などが有名。 しかし、この翻訳は、日本語の方も原文同様に融解させてあり、更に分量が多いこともあって、かなり読むのが困難だ。

今回出た抄訳は、単語には多義的な意味をあまり持たせておらず、一応、普通の小説としても(あくまでも)それなりに読めるようになっているように見える。 難解なだけに、こうやっていろいろなスタンスで訳された翻訳が出るのは歓迎。

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2004.07.07

がんばれ仏教!

上田紀行著、『がんばれ仏教! -- お寺ルネサンスの時代』、NHKブックス、2004年を読む。

上田紀行は、スリランカの悪魔払いのフィールドワークを行った『悪魔祓い』(講談社プラスアルファ文庫 2000年)が有名。 現在、東工大VALDESの助教授だ。

本書は、ほとんど形式的に葬儀を行っているだけの日本の仏教を批判し、それでも仏教者の中で注目すべき人たちもいるとして、その人たちの活動を紹介している。 本書で紹介されているのは、有馬実成、秋田光彦、高橋卓志、梶田真章、玄侑宗久、南直哉など。 これらの人たちは、ボランティア活動だったり、文化サロンとしての寺作りだったり、小説家だったり、オープンで統合的な寺経営だったりで、目立った活動をしている人たちだ。

そして、そういった様々な人たちを、「ホトケ」という、なんだかよくわからないキーワードでくくって説明しているが、これはかなり苦しい。 というのも、上田紀行がおもしろくてがんばっているなあと感じた人をピックアップして紹介しているわけで、それがこの人たちに共通する要素だ。 そこにそれ以上の何かを見つけようとするので、「目覚めた僧侶は「イベント僧(寺でイベントをやっちゃうような僧侶)」になる」といった飛躍した論理展開になってしまうのではないだろうか。 むしろ、話としては単純に「わたしがおもしろくてがんばっていると思うのは、イベントをやっちゃうような僧侶なのだ」というではないかと読んでいて思った。

それから、本書で取り上げられているスリランカの農民の生活向上運動である、サルボダヤ運動だが、これには日本における自己啓発セミナーの元祖アーク・インターナショナルも関わっていたことが知られている。 なお、上田紀行は、自己啓発セミナーとも関係があり、『癒しの時代をひらく』(法蔵館 1997年)をはじめとする自著に、受講した話やトレーナーにならないかと誘われた話などが書かれている。 また、スリランカから帰国後にAKUMADANというグループをつくりイベントを行っているが、その登場者の中には、自己啓発セミナーのiBDの社長伊藤守の名前もあった。

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2004.07.06

歌々板画巻

谷崎潤一郎・歌、棟方志功・板、『歌々板画巻(うたうたはんがかん)』、中公文庫、2004年を読む。

これは、1957年に刊行された『歌々板画巻』の文庫。 谷崎潤一郎の歌をもとに、棟方志功が版画を作成したもので、24枚の作品が白黒の状態で収録されている。

なお、棟方志功は、墨で版画を刷り、その後で紙の裏側から筆で色をつける技法が有名。 これらの24枚の作品も、彩色されたバージョンが存在し、それらは手で色を塗っているため、一枚毎に絵が異なっている。

この本に収録された谷崎潤一郎の歌には、季節を詠ったものに混じって、なかには水爆や人工衛星などもある。 特に、人工衛星などは、棟方志功の版画では、神仏(孔雀明王?)として描かれており、そのイメージには驚くばかり。

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2004.07.05

NHKにようこそ!

滝本竜彦著、『NHKにようこそ!』、角川書店、2002年を読む。

大岩ケンヂ漫画によるコミック版の『NHKにようこそ! (1)』があまりにすさまじい内容だったので、思わず買ったままになっていた原作本を読み始めてしまった。 そして、そのすごさは、実生活のみならず、小説にもいかんなく発揮されていることを確認した。

エヴァンゲリオンにはまって、えんえんと妄想の綾波レイと会話したり、小説を書いたりして、ひきこもっていたという実話はそれだけでも、十分にインパクトのある話。 更に小説には輪をかけたデンパさと痛さが充満している。 おたく、ロリコン、妄想、陰謀論、家庭訪問な宗教勧誘、盗撮、薬、・・・と、ダメダメなものがとにかくつめこまれている。 それでも、骨子は、「少年と少女が出会って何かがはじまる話」にちゃんとなっていて、小説として読める。 雰囲気や取り上げている素材などが、大槻ケンヂとかとも共通するところがある作家だと思う。

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2004.07.04

鬼頭莫宏短編集「残暑」

鬼頭莫宏著、『鬼頭莫宏短編集「残暑」』、小学館 IKKI COMIX、2004年を読む。

鬼頭莫宏は、最近、壮絶な終わりを迎えた『なるたる』や『ヴァンデミエールの翼』などの作品で、「少女」を描き続けてきた漫画家。 彼の描く、細くて、壊れやすそうで、変化を迎えようとしている、力を秘めた少女の前に、残酷で絶対的な世界が展開するといった描写はとてもすごい。

本書は、1987年のデビュー作から2004年の作品までの7作が、2000年以降のものを中心に収録されている。 どの作品も、読むと何か痛みを感じさせてくれる。

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2004.07.03

いわくいいがたいコンサート

とある音楽家による史跡における無料コンサートに行った。 ・・・のだが、途中で席(?)を立った。

このコンサート、とあるNPOが主催で、県やラジオ局が後援していたりする。 しかし、そのNPOはとある会社内に事務所があり、その会社では真の自分を取り戻すとかいう講座を個人や経営者向けにやっている。 その会社と講座の主宰者が今回のコンサートの演奏家である。 また、その会社の代表に帰依したシャーマン系の女性がいて、NPOの代表をやっているが、彼女はとある王朝の子孫を名乗っている。

今回のコンサートは、座席はなく、みんな思い思いに、草っぱらに腰掛けていた。 隣で、「こんにちは」という声がして、振り向いたが、わたしに声をかけたのではなかったらしい。 2人組の中年の女性が、中年の夫婦の女性の方に声をかけていた。 彼女たちは知り合いらしい。 2人組の女性たちは、相手の人に、「あなたは何かいろいろと付いているので、今日のコンサートを聴いて、とれるといいね」といった主旨のことを言ったり、「先生の本なの。すばらしいから、是非読んで。わたしの本なので、ところどころ線がひいてあるけれど」と本を渡したり、非常に感動するといってコンサートのDVDを渡していた。 「じゃあ、わたしたち、あそこで聴くから」と言って、スタッフ席らしきところへ去っていった。 また、わたしの近くで、別な中年の女性が、携帯で友人に電話をかけ、「これからコンサートがはじまるところ。ねえ、近くに住んでいるんだし、是非来てごらんよ。真の自分に目覚めるかもよ」などと話していた。

コンサートが始まる前には、NPOの代表の女性により、来場者に対する口上と宗教的な詩のようなものの朗読の入り交じったものが詠み上げられた。 コンサートでは、大きな音響機器を使って、空気振動で、聴衆の体をふるわせていた。 即興演奏ということだが、曲の形になる以前の段階のもの。 会場からはパラパラと帰る人も。 日が暮れて気温が下がり、帰る人が更に増えはじめたところで、無料とはいえ、風邪をひくのには見合わないと考え、帰ることにした。

果たして、最後まで残った方々は、風邪をひかなかったのだろうか。 着物で着飾って草原に座っていた中年の女性。 寒くて、しいていたビニールをかぶってしまったおばあちゃんとおじいちゃん。 タオルを肩からかけ、体を寄せあっていた幼い女の子たちとおかあさん。 炎天下向きの格好をした若いカップル。 招待席に座っていたスーツの人たち。 うーん、試練だね。

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2004.07.02

セマンティックウェブとオントロジー研究会

一ツ橋の国立情報学研究所で行われた人工知能学会の第6回セマンティックウェブとオントロジー研究会に行く。

今回の研究会は、ウェブログに関するもので、参加費無料、事前申し込み不要で誰でも参加できるというものだった。 ふたを開けてみると、学術系の研究会ではまず考えられない、およそ150名近くの参加者があった。 研究発表は、東京工業大学、京都大学、国立情報学研究所、東京大学のグループによる取り組みと、はてなダイアリーの利用者を対象としてアンケート調査を行なった専修大の山下清美によるものがあった。

ウェブログは、従来のWebコンテンツに比べると、XML技術が活用され、情報伝達が高速化されたり、情報収集と分析が容易になったりしているという側面がある。 そのため、比較的リアルタイムに利用者の間で起こっているブームが抽出できる可能性を持っている。 ウェブログに関して調査することで、マーケティングへの活用や、人間と人間とのコミュニケーションに関する知見を得られる可能性がある。

東工大のグループは、ウェブログからデータを収集して、ホットな話題を抽出し、それを提供する研究。 京大のグループは、ウェブログの議論のビジュアル化と、ある共通のコンテンツに対する話題を抽出して、閲覧者に提示するシステムへのとりくみ。 国立情報学研究所のグループは、ウェブログを書く際に、自分と類似した書き手の情報を参照しやすくする研究と、携帯電話からの投稿をウェブログ上で地理情報と組み合わせて提示するシステムの研究。 東京大学のグループは、ウェブログのデータから、従来の分析手法で、コミュニティのようなものが抽出できるかという研究をそれぞれ発表していた。 また、山下清美によるアンケート調査は、ウェブログの書き手の社会心理学的特性を調査するためのもの。 ウェブログには、個人的なものと読者との交流を指向したもの、情報提供と心情に関する記述を指向したものという、2×2種類に分類されるという視点から分析を行っている。 また、ウェブログを書き続けるドライビング・フォースとなっているものは何かということを分析し、情報を指向するタイプと人を指向するタイプの違いを紹介していた。 最後に、慶応SFCの松村太郎、化粧品のコミュニティサイトに関わっているNTTデータ経営研究所の佐々木裕一、Doblogに関わっているホットリンクの内山幸樹、先日、未踏のsemblogの研究でスーパークリエイターに認定された国立情報学研究所の大向一輝らによるウェブログのパネルディスカッションが行われた。 このパネルでは、職場やビジネスにおけるウェブログというものが意識された発言が多く交わされた。

いずれにせよ、非常に元気のいい研究会だった。 今後の展開には大いに注目していきたい。

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2004.07.01

不成仏霊童女

気持ちを新たに。

花輪和一著、『不成仏霊童女』、ぶんか社、2004年を読む。

花輪和一は、独特の絵柄で、霊や因縁を取り扱ったマンガを描き続けている。 本書もそんな作品の一つだ。 お話は、三途の川を渡れずに、現世にもどるはずだったが、ふとしたはずみで時節を逸した少女が、不成仏霊になって、現世を巡り歩くというもの。 物語では、妄執や因縁や自己犠牲が取り上げられ、しばしば因果や呪いや霊障によって、激しくて汚い苦しみを味わい、醜い姿になるシーンが描かれる。 また、自己愛に目が曇り、他者を悪に仕立てあげる人間の残虐さもよく描かれている。

ところで、本書の特徴は、表3というか、カバーの折り返しというかに書かれた著者霊障略歴に見る怨念と、あとがきのぶっとび方だろう。 マンガだけでも、相当に普通でない作品だったが、あとがきのパワーにはかなり驚かされた。

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