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2005.02.28

ココロによく効く 非常識セラピー

ジェフリー・ウィンバーグ著、中田美綾役、春日武彦監修、『ココロによく効く 非常識セラピー』、アスペクト、2005年を読む。

本書は、オランダでセラピストをやっているジェフリー・ウィンバーグによる、「フツー」のセラピーに対するアンチテーゼを提示した本。 セラピーにありがちな、人間を理想化して、自分らしくあれとか、一生懸命やればうまくいくとか、誰もがかけがえのない存在であるとかいう話。 あるいは逆に、本人も気づいていないような何かに原因があったり、生育歴に原因があったりするとかいう話。 そんな話を片っ端から、バッサリ斬っていく。

セラピストとクライアントの共犯関係が、取るに足らなかったり、ありもしなかったり、どうでよかったりする問題を、大げさに取り扱って、そのため、セラピーに無駄な時間と金が費やされていく。 そんな事態に、著者は大いに憤慨している。

一方、著者が取っているという方法は、非常に挑戦的だ。 クライアントをけなしてみたり、提示された問題を、どこが問題なのかを問い返してみたりと、こんなことしてほんとに大丈夫なのかという感じ。

とは言え、著者の言っていることは、実は、非常に常識的なことばかりだ。 逆に言えば、「フツー」のセラピーが、いかに常識とかけ離れた世界なのかを物語っているようだ。

わたしたちは、常識、慣習といったものにしばられている。 それらのしめつけがきつくて、時には心を痛めたりする。 一旦、そういういろいろな縛りをほどいて、治療するというのが、セラピーなのだろう。

しかし、そのような、一旦、評価とかをおいて、縛りをほどいてしまった世界では、ものごとが適切なのかどうかを判断することは難しく、まやかしに幻惑されていても気づきにくい。 本当の問題は棚上げされたまま、えんえんと、まやかしの問題を作っては解き続ける羽目にもなりかねない。

著者のようなスタイルが、本当に有効なのかどうかはわからない。 しかし、著者が指摘しているセラピーの問題は、かなりうなづかされた。

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2005.02.27

UMAハンター 馬子 完全版 1、2

田中啓文著、『UMAハンター 馬子 完全版(1)、(2)』、ハヤカワ文庫JA、2005年を読む。

本書は、大阪の芸人のおばはん蘇我家馬子が、弟子のイルカと、不老不死の秘密を辿って、全国UMA巡りの旅をするというお話。 SFというか、ミステリーというか、「しょうもないオチ」(ほめ言葉)のつく話というか、そんな感じ。

このシリーズは、もともと学研M文庫や、ウルフ・ノベルス、e-Novelsなどで展開していたが、出版事情によりとまっていた。 それが、今回、最後に2話を付け加えて完全版として完結した。 特に、2巻の方は、既刊に収録されていた「闇に光る目」が加筆され、新作の「ダークゾーン」「史上最大の侵略」のボリュームは、あわせて普通の単行本1冊分くらいある。 「史上最大の侵略」は、これまでとやや雰囲気が異なり、怪獣特撮物にもなっている。

「しょうもない」話が好きな人向き。

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2005.02.26

Mac OS XのFont Bookのフォントの使用停止

Mac OS X 10.3.xにMicrosoft Office 2004を入れるとインストールされる「MS P明朝」や「MS Pゴシック」を、Font Bookで使用停止にすると復活できない話を以前書いたが、このことについてメールで質問をいただいた。 ひょっとして困っている人が他にもいるかもしれないので、メモ。

この辺の話は、Apple - Proなどに書いてあることがある。 今回の場合だと「Mac OS Xの進化したタイポグラフィ(PDF)」が参考になる。

要は、Font Bookで使用停止にしたフォントの情報は、各ユーザの「ライブラリ/Preferences/com.apple.ATS.plist」というXML形式のProperty Listのファイルに書かれている。 ATSはApple Type Serviceというフォントの描画エンジン。 なお、Font Book自身の設定は「ライブラリ/Preferences/com.apple.FontBook.plist」。

Font Bookを終了してから、ATSの方の設定ファイルを消すなり(編集できる人は編集するなり)すれば、元に戻る。 場合によっては、再起動したり、Font Bookの方の設定ファイルをいじったり、Macintosh HDあたりの中の「/ライブラリ/Caches/com.apple.ATS」以下のキャッシュ・ファイルを消す必要があるかも(この中には、他人のファイルもあるので、注意が必要。また、ゴミ箱には入れられるが、再起動してからではないと消せないファイルもある)。

上記の「Mac OS Xの進化したタイポグラフィ(PDF)」あたりによると、フォントを使用停止にしまくったりすると、アプリやOSがおかしくなったりするトラブルが発生することもあるらしい。 何にせよ、この手の設定ファイルをいじったりするときには、自己責任で十分注意して行いましょう。

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2005.02.25

これだけは知っておきたい個人情報保護

岡村久道、鈴木正朝著、『これだけは知っておきたい個人情報保護』、日本経済新聞社、2005年を読む。

本書は、表紙に「75ページでわかる決定版」とあるように、もうすぐ施行される個人情報保護法を非常に短く説明した本。 著者は、IT系の法律に詳しい岡村久道弁護士とNiftyの情報セキュリティ推進室の鈴木正朝氏。

個人情報とは、「特定の個人を識別できる情報」だが、この指す範囲は非常に広い。 そういう情報を、ある規模以上取り扱う場合には、利用目的を明確にして集め、その範囲で管理、利用し、最新の状態に保ち、本人の開示請求に対応しなさいというのが骨子。

その辺を、非常にコンパクトに、ケース・スタディ付きで紹介している。 基本を知るのには適当かも。

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2005.02.24

ほしのこえ

新海誠原作、佐原ミズ漫画、『ほしのこえ』、講談社 アフタヌーンKCDX、2005年を読む。

以前とりあげた「雲のむこう、約束の場所」の新海誠が一躍有名になったのは、アニメーション部分を一人で作成した25分の映像作品「ほしのこえ」によってのことだ。 それをマンガ化したのがこの作品である。

謎の知性体と遭遇した人類が、その謎を追い、人型兵器を駆って、外宇宙へ探査(侵略?)の手を伸ばす。 中学の同級生だったミカコとノボル。 ミカコは高校に入る前に、人型兵器のパイロットとして旅立った。 二人は、ケータイのメールをやり取りするが、地球から艦隊が離れるごとに、メールのやりとりにだんだん時間がかかるようになっていく・・・というお話。 距離と時間と相対論的効果により、遠く離れてしまった2人の心情を描いた作品だ。

本書は、キャラクターの造型は異なり、戦闘シーンは少なめ、更に原作の方にはないエピソードも含まれている。 けっこう、最初は違和感を感じたが、最終的には原作のテイストをうまく表現できていると思った。

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2005.02.23

内省な日

書類を書きまくったり、なんだりしながら、ふと、昨日の『魂の螺旋ダンス』の神秘体験の話のことを考えたりしながら過ごす。

特に考えがまとまったわけではないが、至高体験、広義の神秘体験であろう変成した意識の状態、反射的に駆り立てられるような気分の状態、偏執的な思考にとらわれた状態など、様々な状態に思いを巡らした。

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2005.02.22

魂の螺旋ダンス

長澤靖浩著、『魂の螺旋ダンス -- はるかなる今ここへ』、第三書館、2004年を読む。

本書は、精神世界的な視点で宗教の歴史と自身の遍歴を語った本。 基本的に、「部族シャーマニズム」(インディアンの宗教とか)→「国家宗教」(神道とか)→「超越性宗教」(親鸞とか)→「絶対性宗教」(キリスト教とか)→・・・という、螺旋を描いて話が進められる。 なお、それぞれの宗教が発展していく中で、これらの段階を踏んでいくこともあるわけで、()の中に書いたのはかなり大雑把にまとめもの。

本書の見所は、自分の実感を元に、カルト的な宗教の問題や、神秘体験に関して語っている部分。 たとえば、ライフスペースで行われたシャクティ・パットのワークショップに参加して、そこで経験した極めて強烈な至高体験の凄さを紹介する。 そして、その体験により、オウム真理教の麻原彰晃やライフスペースの高橋弘二を絶対視してしまいかねない危険性を、リアルに語っている。 神秘体験は、神秘体験を引き起こす技術により引き起こされるもので、そのスキルの保持者の人間性や精神性や霊性を保証するものではないというのは、まったくその通りだと思う。

一方、個人的には、宗教史の部分は、ともすれば精神世界的で、ロマンティックに傾き、どうかなと思った。 この本の真骨頂は、自分の実感を元に語っている部分で、同時代的に体験していないことを語っている部分には首を傾げてしまうこともあった。

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2005.02.21

風邪

風邪っぽいのと、ハードスケジュールで、帰宅すると、すぐに寝込む。

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2005.02.20

マグダラのマリア -- エロスとアガペーの聖女

岡田温司著、『マグダラのマリア -- エロスとアガペーの聖女』、中公新書、2005年を読む。

本書は、絵画を中心に読み解いて、マグダラのマリア像の変遷を紹介した本。

そもそも、マグダラのマリアとは誰なのか。 本書の一番最初に紹介されているように、マグダラという土地の人マリアの名前が出てくるのは、イエスと一緒の旅、磔刑、埋葬、復活に関するところのみ。 しかも、その素性には「7つの悪霊を追い出してもらった女」以上の記述はない。 「売春婦」というイメージは、福音書の他の箇所に出てくる女の人に関する記述と、混じってしまったために発生したもの。 しかし、このようなミス・リーディングが、聖と性と俗、悔い改めといった実に豊穣な文化的展開を生み出すわけで、本書では、それらが次々と紹介されていく。

中には、マグダラのマリアを守護聖人にしていた「鞭打ち苦行会」の絵もある。 その会員の姿は、全身白装束で、目と背中にだけ穴が空いている。 それで、その背中は、自分で鞭打ったために、血まみれだ。 どこからどう見ても、あやしいこと、この上ない。 目の前に現れたら、走って逃げ出したくなるに違いない・・・。 しかし、これが、信仰の一形態であり、修行のつもりなのだから、あなどれない。

とにかく、一筋縄ではいかない、人の造り出した文化の不思議さを感じさせてくれる本だった。

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2005.02.19

All You Need Is Kill

桜坂洋著、『All You Need Is Kill』、集英社 スーパーダッシュ文庫、2004年を読む。

桜坂洋と言えば、先日紹介した《現代魔法》シリーズの作者。 本作は、近未来の地球を舞台にした強力な敵との戦争ものSF。

もしも、自分が死に、気がつくと時間が2日ほど戻っていて、そこから再び繰り返されるといった事態に巻き込まれたらどうだろうか。 本作は、そんな事態に巻き込まれた新人兵士キリヤ・ケイジの物語。

再び繰り返されるといっても、行動が完全に定まっているわけではなく、無数の時点で他の行動を取ることが可能で、その結果によって、その後の展開が変わってくる。 さながら、RPGで死んだら、セーブしたところからやり直しになるといった状況。 しかも、記憶だけはちゃんと引き継がれる。

キリヤ・ケイジは、とにかく生き残るために、戦闘方法を訓練し、異なった選択肢を試し、強大な敵ギタイと戦い続けるが、毎回死んでしまう。 その戦いは、あまりに孤独で、あまりに孤立無援だ。

戦いの果てに、少女と出会い、そして、何かが変わるのだが、それはあまりに代償の大きな変化となる。

無限のトライアル可能性を持った人間の孤独と、それでも存在する限界の悲しさを描き出した作品。 よかったと思う。

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2005.02.18

SANCTUM ゼフィロス

西風隆介著、『SANCTUM ゼフィロス』、徳間ノベルズ、2005年を読む。

西風隆介(ならいりゅうすけ)といえば、以前紹介した、蘊蓄語りまくりの民俗オカルト・ミステリー《神の系譜》シリーズで有名。

本書は、《神の系譜》とは別の新シリーズの1巻目で、表紙には「新世紀ファンタジー」と書かれている。 お話は、成金だったマックくんが、事業のトラブルでマフィアに狙われることになる。 逃走の過程で、バニーガールの格好をしたゼフィロスという女性に出会い、ウサギに誘われて不思議の国に迷い込んだアリスのように、神の次元の世界に入り込むというもの。

この種の夢と現実が混じったり、超常の存在が入り乱れる物語は、極端な話、「何でもあり」になってしまうことがある。 その場合、ストーリーに制約が付けにくくなり、展開の意外性が発散してしまい、読む者を引きつける力が弱まってしまいかねない。

本書の場合も、そういう側面があり、ちょっと微妙。 おもしろくなる可能性も秘めたネタを扱っているとは思うので、次巻にも期待。

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2005.02.17

Mac OS XとTomcatとAnt

昨日の続きで、Mac OS XでJavaによるWebアプリケーション開発用にTomcatとAntをインストール。

Tomcatは、Javaアプリケーションを動かすことができるWebサーバ。 Mac OS Xの10.3.xに入っているJavaは、JDK1.4.2なので、バイナリ配布されているものでは、Tomcatの5.0.xまでが対応している。 これを、AppleのJava and Tomcat on Mac OS X, Part Iを参考にインストールした。 具体的な手順は以下の通り。

  1. Tomcat 5.0.x系の最新版である5.0.28のバイナリを、The Apache Jakarta Projectからダウンロード。

    以下、デスクトップにダウンロードしたと仮定する。

  2. ダウンロードしたファイルを、管理者になって、「/usr/local」以下に展開する。(「/usr/local」は既に作ってあると仮定)

    具体的には「/アプリケーション/ユーティリティ/ターミナル」を起動して、以下のように入力する。

    % cd ~/Desktop
    % sudo tar -C /usr/local \
    ? -zxvf jakarta-tomcat-5.0.28.tar.gz
    Password:ここに管理者パスワードを入力
    
  3. Tomcatの所有者を個人ユーザに変える(ログや作業ディレクトリに書き込めるように)。

    以下の具体例では、ユーザ名を「eclipse-ko」と仮定。

    % sudo chown -R eclipse-ko /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
    
  4. 自分のホーム・ディレクトリの中の「bin」の中にTomcatの起動スクリプトを作成する(既に「bin」というディレクトリが存在していると仮定、なければ作る)。これは、好きなエディタで作成していいが、改行コードは、Mac(CR)ではなく、たぶんUNIX(LF)にしておいた方が無難。

    起動スクリプト「start_tomcat」の中身

    #!/bin/sh
    export CATALINA_HOME=/usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
    export JAVA_HOME=/usr
    $CATALINA_HOME/bin/startup.sh
    

    起動スクリプト「stop_tomcat」の中身

    #!/bin/sh
    export CATALINA_HOME=/usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
    export JAVA_HOME=/usr
    $CATALINA_HOME/bin/shutdown.sh
    
  5. 起動スクリプトを実行可能にする。

    % cd ~/bin
    % chmod ug+x start_tomcat stop_tomcat
    

以上で、インストールは終了。

なお、これは、Appleのサイトのドキュメントに従った手順だが、「/usr/local」以下に、一般ユーザの所有するディレクトリができてしまう。 ちょっと、フツーのUNIX管理的な視点からは、疑問なインストール方法ではあるが、ここでは一応従っておいた。

なんとなく、シングルユーザでの利用と、マルチユーザでの利用が混じっているような感じ。 個人で開発したWebアプリをチェックするだけなら、個人のディレクトリ以下に展開した方がいいような。 また、サーバとして使うなら、「/usr/local」以下にインストールして、個人ユーザ権限でない方法でTomcatを起動した方がいいような気がする。

この辺は、もう少しよく調べてみたい。 もう少し穏当な方法がわかったら、書き直すか、別なエントリーを用意すると思う。

それで、Tomcatの起動は、ターミナルから行う。

% ~/bin/start_tomcat
Using CATALINA_BASE:   /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
Using CATALINA_HOME:   /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
Using CATALINA_TMPDIR: /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28/temp
Using JAVA_HOME:       /usr

しばらくすると、Tomcatが起動する(ちょっと時間がかかる)。 「http://localhost:8080/」にブラウザでアクセスすると、「Apache Tomcat/5.0.28」という画面が見えるはず。

Tomcatの停止も、ターミナルから行う。

% ~/bin/stop_tomcat
Using CATALINA_BASE:   /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
Using CATALINA_HOME:   /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28
Using CATALINA_TMPDIR: /usr/local/jakarta-tomcat-5.0.28/temp
Using JAVA_HOME:       /usr

次に、もしかするとEclipseでは不要なのかもしれないけれど、Antのインストールを行う。 Antは、makeに相当するツール。 AppleのEnterprise Java on Mac OS Xを参考にした。 具体的な手順は以下の通り。

  1. Antの最新版である1.6.2のバイナリを、The Apache Ant Projectからダウンロード。

    以下、デスクトップにダウンロードしたと仮定する。

  2. ダウンロードしたファイルを、管理者になって、「/usr/local/ant」以下に展開する。(「/usr/local」までは、既に作ってあると仮定)

    「/アプリケーション/ユーティリティ/ターミナル」を起動して、以下のように入力する。

    % mkdir /usr/local/ant
    % cd ~/Desktop
    % sudo tar -C /usr/local/ant \
    ? -zxvf apache-ant-1.6.2-bin.tar.gz
    Password:ここに管理者パスワードを入力
    

あとは、「ターミナル」で使っているシェルのパスに「/usr/local/ant/apache-ant-1.6.2/bin」を追加すればいい。 tcshならホームディレクトリの下の「.cshrc」とか「.tcshrc」あたり、bashならホームディレクトリの下の「.bashrc」とか「.bash_profile」あたりで設定する。 この辺は、個人の環境設定に依存する。

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2005.02.16

Mac OS XとEclipse3.0.1と日本語入力

Javaの開発環境としては、現在、Eclipseの使い勝手がよい。 Eclipseは、Windows、Linux(FreeBSDでも可)、Mac OS Xなどの上で動く。

ただし、多くの本などで解説されているのは、Windows版のEclipseのインストールと使い方。 Mac OS Xの場合、Xcodeという開発環境があったり、Cocoa+Javaの組み合わせで開発したりするので、Eclipseの立場はちょっと微妙。 重いし。 とは言え、WindowsやLinuxと同じ開発環境が使えるという点や、Webアプリケーションの開発といった点では、Eclipseのポイントが高い。

個人的には、Mac OS X上では、用途に応じてXcodeとEclipseを使い分けていて、これまではEclipse2.0.1を日本語化したものを使っていた。 それで、遅ればせながら、今回、3.0.1を入れてみた。

ところで、Mac OS Xでは、デフォルトの設定のままでは、日本語入力ができない。 Mac OS Xの日本語入力のon/offの切替である「コマンド」+「スペース」([コマンド]+[スペース])が、Eclipseのデフォルトのキー・バインディングとバッティングしているからだ。

この解消の方法が、思い出せず、意外と検索で発見しにくかったので、メモ。

  1. まず、Mac OS Xのバージョンは10.3.xで、Developer ToolsがMac OS Xのパッケージ付属のCDなどから、インストールされていることが前提。

  2. Eclipseのサイトで、EclipseのLanguage Packをチェックする。 対応している最新版のEclipseのSDKと、Language Packをデスクトップなどにダウンロード(以下、デスクトップにダウンロードしたと仮定)。

    今回の場合、Eclipse Tools ProjectからRelease Build 3.0.1のEclipse SDKのMac OS X版と、Eclipse Language Pack 3.0.1からLinux版(Windows版でもいけるかもしれないが試していない)をダウンロード。

  3. 管理者権限で、「/アプリケーション」に以下に、ダウンロードしたものを展開する。

    たとえば、「/アプリケーション/ユーティリティ/ターミナル」を起動して、以下のような感じで、コマンドを打つ。

    % cd ~/Desktop
    % sudo tar -C /Applications \
    ? -zxvf eclipse-SDK-3.0.1-macosx-carbon.tar.gz
    Password:ここに管理者のパスワードを入力
    % sudo unzip NLpack-eclipse-SDK-3.0.x-linux-gtk.zip \
    ? -d /Applications
    

    以上でターミナルの作業は終わり

  4. Eclipseを起動する。

    今回の場合は、「/アプリケーション/eclipse/Eclipse」をダブル・クリックして起動(すごーく時間がかかる)

  5. はじめて起動したときには、「ワークスペース・ランチャー」というのが表示される。

    たとえば、「ワークスペース」には、自分のホームディレクトリの下の「workspace」というディレクトリを指定し、「この選択をデフォルトとして使用し、今後この質問を表示しない」にチェックを入れて、「OK」をクリック

    つまり、ユーザ名がeclipse-koの場合には、「ワークスペース」には「/Users/eclipse-ko/workspace」と指定する。

  6. 「Eclipse 3.0 へようこそ」というのが表示される。 ここで、「ワークベンチ」をクリック。

  7. Mac OS Xでは、日本語入力のon/offが「コマンド」+「スペース」([コマンド]+[スペース])だが、これがEclipseのキー・バインディングとバッティングして、素直に日本語入力できなくなっている。 よって、この設定を変更する。

    具体的には、「ウィンドウ」メニューから「設定」を選択。 「設定」の中の、「ワークベンチ」を開いて、その中の「キー」を選択。 「コマンド」の中の「カテゴリー」から「編集」を選択し、「名前」から「コンテンツ・アシスト」を選ぶ。

    すると、「割り当て」の中に、「場合」が「ダイアログまたはウィンドウ」で、「キー・シーケンス」が「コマンド」+「スペース」([コマンド][スペース])になっているものがあるので、これを選択する。 そして、「除去」をクリックして、「適用」をクリックして、「OK」をクリック(以下の画像をクリックすると別ウィンドウで設定中の様子が表示される)。

    設定の様子

  8. 以上で、インラインではないが、日本語が入力できるようになる。

参考: Eclipse and Mac OS X: A Natural Combination(日本語化以外について)

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2005.02.15

よくわかる現代魔法 jini使い

桜坂洋著、『よくわかる現代魔法 -- jini使い』、集英社 スーパーダッシュ文庫、2005年を読む。

これは《よくわかる現代魔法》シリーズの4巻目。 このシリーズでは、効率の面で科学に大いに劣っていたため廃れた古えの魔法が、現代的にコンピュータのプログラムの技術を利用して、リバイバルしている世界を描いている。 ただし、リバイバルといっても、そのような技術を使えるのは、ほんの一握りの人たちで、一般の人たちはそのような事実を知らない。

登場人物は、そのような現代的な若い女魔法使い、古えの魔法を引き継ぐ銀髪の美少女、そしてその力を手に入れようとするものたちなど。 しかし、彼らは主人公ではない。 主人公は、現代的な魔法使いに弟子入りしたが、なんでもかんでも落下してくる金だらいに魔法の力を変換してしまうことしかできない、森下こよみ。 どじで、幼い外見で、高校生なのに、小学生にしか見えない。 この脇役の誰よりも役に立たなそうな少女が、それでも事件を打開する鍵となって、ストーリーは進んでいく。

この巻では、Java関連のテクノロジーである「jini」というタイトルが暗示しているように、さまざまな電子機器に組み込まれたコンピュータで走るコードたちと、対話する指輪を持った家出少女・笑が現れる。 彼女が潜伏している建物の中で、陰謀が進行し、主人公たちがひきよせられてくる。 そして、その陰謀との戦いを経て、笑は自分を見いだしていく。

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2005.02.14

NIGHT HEAD I〜IV

立野真琴著、飯田譲治原作、『NIGHT HEAD I〜IV』、ホーム社漫画文庫、2004年を読む。

これは、1992〜1993年までに放映されたTVドラマ「NIGHT HEAD」のコミックス。 とは言え、1996年から2000年くらいまでの間に描き続けられた作品。

「NIGHT HEAD」は、TVドラマ、映画、小説、コミックスと、メディアミックス展開していたが、どれも見たり、読んだりしたことはなく、触れたのは今回がはじめてだった。

お話は、超能力を持った兄弟が、その力ゆえに、15年間、森の奥にある研究所に閉じ込められ(守られ)、そこから解放される。 そして、失われた15年間を取り戻そうとしながら、超能力に関する事件、組織などに関わり、超能力とは何なのかという問題に直面するというもの。

超能力を持ったゆえの苦しみを描いた作品はたくさんある。 本書でも、力に酔いしれるもの、予言の構造、自分の内面を含めた人間の醜さ、何かが見えてしまったことで現世を越えてしまったもの、そして人類の未来のヴィジョンなどを通じて、ていねいに描かれている。 また、本書の場合、ある意味、ボーイズ・ラブっぽい雰囲気で書かれているところも特徴。 趣は異なれど、脆さを抱えた二人の兄弟という設定は、モロにそんな感じ。

ていねいによく描かれた作品だとは思うんだけど、いまいち、のって読めなかった。 これは、リアル・タイムに読んでいる感覚がなかったせいなのだろうか。

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2005.02.13

ぱたん

疲れてぱたん。

さすがに、休みなしはつらかったらしい。

ところで、人生には不思議な巡り合わせというのがある。 出会うはずのない人と出会ってしまうことがある。

裏MIZUHAの憂鬱

この管理人のMIZUHAさんには、何故か会ったことがある。 それはテキストサイトのオフ会とか、謎のイベントとかではなく、本来、出会うはずのない場所だった。 ついでに、その場には、なぜかそういう系の方が何人かいらっしゃった。

・・・それから。 二度と会うことはなかったが、MIZUHAさんにも、その場にいた人たちにも、わたしにもいろいろなことがあった・・・。

で、今回のこの国外逃亡。 果たして一体何があったのだろうか。

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2005.02.12

SFが読みたい! 2005年版

SFマガジン編集部編、「SFが読みたい! 2005年版」、早川書房、2005年を買う。

これは、2005年度版とは言うものの、実際には昨年出たSFの傑作を紹介したムック。 一体、どんなSFが出ていたのかをチェックするのに重宝する。

実は、昨年は、SFは海外物も国内物も非常に豊作だった。 海外では、河出書房新社の《奇想コレクション》に、国書刊行会の《未来の文学》、そして早川書房に、東京創元社から、実にいろいろと目を惹く作品が出た。 たとえば、わたしの場合、今回の海外のベスト10に入った作品中、実際に買った作品は7作もあり、ベスト20では15作にもなった。 国内の方はここまでではないが、50%くらいは購入している。

たぶん、これほどベストと一致したことはこれまでなかった。 いや、そもそも、それは買いたくなるようなSFが少なかったからで、そういう意味でも昨年はかなり異常だった。

こうなってくると、買ったのはいいけれど、読む方が追いつかなかったする。 本書には、紹介が載っているので、これを読んで、次に読む本を決められる。 便利だ(何か間違っているような)。

それから、本書には、SF関係の出版社から、今年の刊行予定が簡単に紹介されていて、これはかなりうれしい。

また、近年の作品に限らず、海外SF作家のおすすめを紹介する企画も載っていて、若い読者には役に立つかも。

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2005.02.11

Web Standards Solutions

Dan Cederholm, "Web Standards Solutions -- The Markup and Style Handbook", friendsof, 2004を読む。

本書は、XHTMLとCSSによる、今日的デザインのテキスト。 先日とりあげたJeffrey Zeldman著、石田優子、ソシオメディア株式会社訳、『Designing with Web Standards -- XHTML+CSSを中心とした「Web標準」によるデザインの実践』、毎日コミュニケーションズ、2004年と同様、Web標準という思想でマークアップされている。

かなり役に立つ本で、今日的なスタイルでXHTMLやCSSを書きたいという人にはおすすめ。

載っている例を、最近、実際に作ってみて、ためしている。

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2005.02.10

オリンポスのポロン 1、2

吾妻ひでお著、『オリンポスのポロン (1)、(2)』、ハヤカワコミック文庫、2005年を読む。

本書は、秋田書店の少女誌「プリンセス」に1970年代後半に連載された『オリンポスのポロン』と、双葉社のたぶんこどもマンガ雑誌(?)と思われる「100てんコミック」に1980年代前半連載された『おちゃめ神物語コロコロポロン』を収録した作品集。 書き下ろしも10ページ程度ずつおさめられている。

この作品が描かれた頃は、吾妻ひでおが非常にたくさんの作品を描いていた時期。 その中でも、本作は、ギャグやストーリーはかなり控え目気味。 特にコロコロポロンの方は、こどもをかなり意識した構成になっている。 普通は、楽屋落ちに、変な趣味的なネタ、うまくいかなくてダメだあという表現が、バンバンでてくるだけに、本作は、物足りないか、新鮮に感じるかのどちらかかもしれない。

この作品は、アニメ化されており、これは後に描かれた『ななこSOS』も同様。 ただし、このマンガは、普通に作品をアニメにしようとすると、1話あたり、数分程度になってしまう。 また、ギャグに比重があり、しかもドタバタものなので、ストーリーとしては微妙。 このため、アニメ版の方はかなりアレンジが入っていて、30分もののストーリー構成に、山本正之の曲(「根が明るい音頭」ほか)、登場人物の心情描写などが増えている。 また、ギャグも、普通のテレビアニメのものになっていた。

というわけで、原作といっても、かなりアニメとは違う。 とは言うものの、今回原作を読んで気づいたのだが、けっこう、アニメの方では、『オリンポスのポロン』の話を原型に使って、30分に引き延ばした話もあった。 もっと、全然違うと思っていただけに、これにはびっくり。

なお、今後、『ななこSOS』も文庫化するとのこと。

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2005.02.09

監督不行届

安野モモコ著、『監督不行届』、祥伝社、2005年を読む。

本書は、エヴァンゲリオンの監督・庵野秀明と結婚した、マンガ家・安野モモコが、二人の生活を描いたマンガ。 濃いおたくの夫を持った安野モモコが、その生活に呑み込まれていく。

世の中では、こういうとき、おたくの方が、非おたくの方に遠慮して、趣味を控えてみたり、なんて話がいかにもありそうだけど、本書では、ほとんどそういうことはない。 DVDにCDにマンガにおもちゃと、どんどん家の中の魔窟化が進行していく。

しかし、想像はしていたけれど、四六時中おたくモードな庵野秀明は、破壊力抜群。 自分がおたくであることの後ろめたさみたいな感覚、それはたぶん恥ずかしいという気持ちから来ているのではないかと思うのだが、その羞恥心がどんどん麻痺していく。 そして、日常が祭りと化していく。

こんな毎日がずっと続いたらいいのにねを本当にしてしまった、『ビューティフルドリーマー』の日常のようだ。

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2005.02.08

モス畑のサラダ

最近、モスバーガーの「モス畑のサラダ」がお気に入り。

いそがしくて、移動しながら食事をしたりすることが結構あって、おにぎりとかパンばっかりになってしまうことがある。 すると、突然、野菜が食べたくなって、晩ご飯がサラダ・モードになる。

客層にもよるけれど、近くのモスバーガーは夜のすいている時間帯はいごこちがよくて、読みかけの本を持ってでかける。 そんなとき、昔は、バーガー系のものと、サラダのLサイズを組み合わせて注文していたけれど、最近は「モス畑のサラダ」にはまっている。 原因は不明だけど、食べているとなんとなく不思議な感覚になってくる。

欠点は、残念ながら、本を読みながらだと食べにくいこと。 細かい野菜が多くて、つかみそこねて、ドレッシングで本を汚してしまったこともある。 って、食べる時は読むのをやめればいいんだろうけど。

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2005.02.07

古本屋の女房

田中栞著、『古本屋の女房』、平凡社、2004年を読む。

本書は、かつて横浜に店を開いていた黄麦堂の夫人の田中栞さんによる、古本屋の話。 なれそめからはじまって、古本屋の日常、セドリ(古本が揃うように他店で買って補充する)、子育て、古本買いの旅行、そしてインターネット書店への移行までを描く。

古本屋になった話よりもなによりも、著者が古本を買いまくる姿が圧倒的だ。 何軒も古本屋やブックオフなどの新古書店を巡って、ガンガン本を買い込む。 とにかく、親の仇のように買い込む。 本を買うのは、自分の店の品揃えを整える用と、自分自身用だが、何か深い業のようなものさえ感じられる。

わたしは、ある種、手に入りにくいジャンルの本を読むのを趣味にしてるので、かつては頻繁に古本屋に通っていた。 いや、そもそも、子どもの頃から、神田の古書街は憧れの土地で、上京することは、イコール、本を買いに行くことだった。

しかし、そんなわたしでも、古書市の初日の開始の時間に会場一番乗りを狙ったり、古書店に日参する、本当に紙魚(しみ)な人たちを見ると、「自分はまだまだだ」という思いがしてならなかった。 引っ越しの手伝いに行って、新居の部屋の収納スペースが既に本で埋まっている状態を目にして、茫然としたりした。

古書には呪いがかかっているとしか思えない。

しかし、そんな日々にも終わりは来る。 駆け抜けたあの日を綴った本書の、あまりに寂しいエンドには、本当にしみじみ。

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2005.02.06

星界の戦旗 IV 軋む時空

森岡浩之著、『星界の戦旗 IV 軋む時空』、ハヤカワ文庫JA、2004年を読む。

遥かな未来、宇宙航行に適するように遺伝子改造した人類の子孫・アーヴは銀河の一大勢力になっていた。 他の人類の子孫たちとの、銀河の覇権をかけた戦いを、アーヴの側から描いたのが、《星界》シリーズ。 主人公は、アーヴの皇族の少女ラフィール。 そして、居住星系がアーヴに征服され、そのときの交渉により、星系の所有者になったものの、居住者たちの反発を受けることになった少年ジント。 この2人の出会いと成長とアーヴの文化と星間戦争を、このシリーズでは描き続けてきた。

本書は、前作が出てから約4年近くもかかってしまった。 時間は経過しているものの、作風は変わらず、素直に続編として読むことができる。 今回は、三ヶ国連合との戦いが描かれ、その一方で、売国の申し出という政治的戦略的な出来事が発生する。 この売国の申し出が発端で、戦局に一大変化が発生し、次巻に続くという感じ。

ちゃんと次巻が順調に出ますように。

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2005.02.05

Another Century's Episode

PlayStation2用のゲーム「Another Century's Episode」、バンプレスト+フロム・ソフトウェア、2005年を買う。

本作は、逆襲のシャア、劇場版ナデシコ、レイズナー、ガンダムW、ダンバイン、ドラグナー、Zガンダム、エルガイム、ブレンパワードのロボットを、それぞれのパイロットになって操れる3Dのゲーム。 「アーマード・コア」のフロム・ソフトウェアが開発に参加しているため、ちゃんとマシンが動く。

けっこう、この手の寄せ鍋ゲームにしては、それぞれの機体の特徴が出ていたり、敵の機体もツボを押さえていていい感じ。 ゲームをすすめると、敵の機体も使えるようになり、これだけの機体が操作できるのは、楽しい。

でも、操作感覚は、ちょっと表現がわかりにくい感じがした。 具体的には、平面方向の移動と、上昇下降の感覚が違うこと。 機体の方向の他に視点の方向をいじれるのだが、これが混乱しやすいこと。 また、攻撃の命中とダメージの表現も、自他ともにわかりやすくない。

それから、「強さ」の表現というのは、そもそもヒーロー物では難しいのだが、その軛からは逃れられていない。 たとえば、ヒーロー物の場合、ヒーローの機体の性能とヒーローの操作技術が高いことにより、多数の敵に打ち勝つことができる。 しかし、これをゲームにすると、機体性能はともかく、一般人が操作するため、ヒーローの操作技術はさほど期待できなくなる。 すると、ヒーロー機体は異常に打たれ強くなり、敵の雑魚は異常に打たれ弱く、動きが鈍くて、頭が悪い行動を取らせる必要が出てくる。 あまりに、動きが鈍くて、頭が悪い敵を相手にしているゲームは、作業になってしまって、楽しくないので、バランスが難しい。 また、敵のボスに関しても、あまり操作技術を高くすることは、一般人が操縦するヒーロー機体の攻撃が当たらなくなるので、できない。 すると、結局、敵も味方も、強さというものを、打たれ強さ(あるいは逆に火力)で表現することになってしまう。 これは、本作でも同様。

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2005.02.04

バトルウォッチャー・哭きの竜

何もかもがなつかしい・・・。

バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳ポータルより「バトルウォッチャー・哭きの竜さんの12年」を読む。

インターネットが一般に普及をはじめたのが1995年頃。 それよりも前の1993年。 パソコン通信時代からネットバトルをウォッチしていた「哭きの竜」さん。 そのサイトが先月閉じられた。

バトルをウォッチして、当事者でない人にもわかりやすく「まとめ」て伝えるということを行ってきた、哭きの竜。 それを「まとめ」たのが、ちゆ12歳の今回の記事。 何よりの心づくしとも言えるかもしれない。

この哭きの竜の記事を読んでいると、あまりに懐かしいことが多くて、感慨もひとしお。 ああ、そんな人もいたなあ・・・。 リンク先のInternet Archive上の哭きの竜のサイトも思わず読みふけってしまう。

自分のことを思えば、楽しくネットで熱くなれたのは、そう長い期間でもなかったかも。 世の中には、コスト感覚が変な人が、ごく少数いる。 そういうごく少数の人たちは、えげつなさと物量でネットバトルをし、ありとあらゆるリソースを喰い尽くしてしまう。 そのあまりに焼き畑農業的な光景というか、蝗の大群的な光景というか・・・、いや、一握りのものが広大な肥沃な土地を砂漠に変えてしまうのだから、適切な比喩ではないか。 いずれにせよ、あまりに破壊的な光景には、不毛感が。 リスク・マネージメントとか、従来通りにまじめに考えると、茫然としてしまう世界かも。

そういえば、「鬼畜王VS千破矢」事件なんて、すっかり忘れていた。 思わず、発音が同じハンドルネームを使っていたことに気づいて、ちょっとドキドキ。 うーん、間違われたら、かなわない。

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2005.02.03

PowerBookとG5

ITmedia PCUPdate: Mac「PowerBook G5の登場をはばむものは何か」を読む。

つまり、PowerBookに現行のG5を積むと、電力消費が激しくて、相当熱くなると・・・。

先日、PowerBookの新ラインナップが発表されたが、CPUはG4だった。 落下時のHDDの防護や、2本指で使うとスクロールさせられるパッドといった新機能はあるが、CPUは早くなったとは言え、既にG5を搭載したiMacも出ているので、インパクトは小さいように思えた。

参考: AppleのPowerBook G4のページ

しかし、・・・。 PowerBook G4の12inchを使っているが、これでもCPU付近が熱くなる。 それは、ちょうど、左手を置く付近で、特に夏場はかなり熱くて困る。 これ以上に熱くなると言われたら、さすがにちょっと考える。 バッテリーの持ち時間は新品に近い状態で2時間くらい。 これ以上短くなると、モバイル機器としては微妙。

考えてみれば、主にWeb閲覧、メール、書類作成などに利用しているが、この範囲ならG4でもあまり困らない。 本当に早くなって欲しいと思うのは、MacromediaのDreamweaver、MicrosoftのVirtual PCを使うときだ。 これも広い意味での書類作成に使用しているのだが、この2つはデスクトップで使うものだと割り切るのが妥当なのかも・・・。

さすがに買い替えるのにはまだ早いというか、機種の過渡期にも思えてくるというか、微妙にどっちつかずな気分になって悩ましい。

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2005.02.02

巨大化するデジカメデータの保存の悩み

一眼レフ型のデジタル・カメラの画像で悩む。

一眼レフ・クラスのデジカメでは、撮影データをRAW形式で保存することができる。 たとえば、NikonのD1xでは、このRAW画像は、およそ7.7MB程度。 これを、TIFFなどに変換する作業を「現像」と呼ぶ。 D1xの場合、現像されたTIFFデータは、60.1MBと8倍くらいのサイズになってしまう。

それで問題は、画像をどうやって保存しておくか。

たとえば、RAW画像100枚でCD-R1枚ちょっと。 これだって、TIFFに変換したら、DVD-R2枚くらいになってしまう。 もしも、頻繁に撮影したりすると、ディスクが増加しまくって、データ管理の手間が爆発的に増加してしまう。

RAW画像の方が、容量はくわないものの、開けるソフトが限られていたりして、結構、扱いが面倒くさい。 一方、データの使用上は、現在ではTIFFの方が汎用性があるが、あまりにサイズが大きすぎる。 250GBのHDDだって、すぐに埋まってしまう。

実際に使うときには、本当に必要なサイズまで小さくした画像を使えばいいけれど、元のままで保存しておくデータも必要なので、結構深刻な問題。

サムネール画像を全部作っておいて、写真を選んだり検索したりするにはそれを使う。 で、オリジナルはRAW形式で保存しておくのが正解なのだろうか。 でも、RAW形式のデータが十年後に開けるかどうかわからない・・・。 果たしてDNGが救世主になってくれるのか。

ちなみに今は、RAWとTIFFと両方で保存しているけれど、いずれ早期に見直しが必要かも。

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2005.02.01

ホーンテッド!

平坂読著、『ホーンテッド!』、メディアファクトリー MF文庫J、2004年を読む。

本書は、著者のWebサイト平坂読暫定直営ウェブサイト from HADESの、あまりのブッち切れぶりに感動して、迷わず購入してしまった・・・。

本書は、「ある日、突然、死者の10%程度が、ゴーストとなって生存(?)し続けることになった世界」を舞台にした、人格破綻系のラブコメディ。 主要な登場人物のほとんどが、壊れていて、ネタ・トークだけで1冊書いている。 なにしろ、物語の視点は、久遠悠紀という高校生の目で書かれているのだが、この主人公の属性が「嘘つき」。 物語の語り自体、素直に信じてはいけないという、無謀な構成。 それでいて、ちゃんと最後まで話を読ませるのにはびっくり。

久しぶりにびっくりしたかも。

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