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2005.05.14

信仰が人を殺すとき

ジョン・クラカワー著、佐宗鈴夫訳、『信仰が人を殺すとき -- 過激な宗教は何を生み出してきたのか』、河出書房新社、2005年を読む。

本書は、"Under the Banner of Heaven -- A Story of Violent Faith(神の御旗のもとに -- 激しい信仰の物語)"(2003)の翻訳。 内容は、末日聖徒イエス・キリスト教会ことモルモン教、その原理主義者たちによって、1984年7月24日に行われた殺人事件のルポ。 なお、7月24日は、むかしむかしモルモン教徒たちがソルトレーク到着した日で、開拓者祭の日でもある。

本書が描いているのは、殺人事件を起こしたものたちの、殺人に至る信仰の道のり。 モルモン教、そしてモルモン教原理主義の歴史。 殺人事件の法廷の様子など。

モルモン原理主義とは、創始者ジョセフ・スミスの言葉に従おうとするものたちのこと。 たとえば現在のメイン・ストリームのモルモン教が、19世紀の終わりにアメリカ議会による一夫多妻制度の禁止に対して、妥協したことなどに、異議を唱えている。 この辺、日蓮系の教団間の争いも彷彿とさせる。

そして、モルモン原理主義者は、神聖な信仰の実践として、一夫多妻結婚を行っている。 場合によっては、女の子が14才くらいになるとすぐに信仰の名のもとに妻にしたり、更にそれが自分自身の娘だったりすることもあるという。 それから、いまなお神の啓示を信徒が受け取り、預言者を名乗るものたちが存在し続けているという。 そんなモルモンの分派がいくつも存在している。

本書で描かれているモルモン教は、メインストリームの話も、分派の話も、街中で二人連れの宣教師に「トモダチになりましょう」とか、道を教えて欲しいというくだりからはじまって、勧誘されても、聞かされることはないだろうし、本人たちも知らないのかもしれない。 そんな、非常に血なまぐさい話は、高橋弘著、『素顔のモルモン教』、新教出版社、1996年や、コリン・ウィルソン著、関口篤訳、『カリスマへの階段』、青土社、1996年などにも書かれているが、本書には非常にわかりやすくまとめられている。 また、短いものとしては、ジョセフ・スミスを継いだブリガム・ヤングのインタビューと、その解説などがネットで読める。

さて、そもそもの殺人事件だが、パンピーから見れば社会的に成功していたモルモン教徒の男性が、あるとき、モルモン原理主義の教えに触れたことからはじまる。 そして兄弟ぐるみで、その教えに感銘を受け、引き込まれていく。 それとともに、社会的なこまごまとしたことが信仰によって失敗したり、おろそかになったりして、生活がおかしく、苦しくなっていく。 それでも、本人は極めて重要かつ神聖な人生を送っているつもりになっている。 最終的に結婚生活が破綻してしまうと、兄弟の妻らが、自分の妻のこまごまとした相談にのっていたのだが、それが原因で、悪であり、しまいには殺害するようにというお告げがおりてくるようになってしまう。 そして・・・。

この事件の裁判では、犯人の精神が異常かどうかという問題も争われた。 この答弁では、そもそも信仰とは何なのか、信仰と精神の異常との関係はどうなのかなど、非常に考えさせられる問題が浮き彫りにされている。

モルモン教に限らず、非常に考えさせられるところの多い本だった。

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