描かれなかった十字架
秦剛平著、『描かれなかった十字架 -- 初期キリスト教の光と闇』、青土社、2005年を読む。
本書は、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』(ちくま学芸文庫、1999年)や『ユダヤ戦記』(ちくま学芸文庫、2002年)、『七十人訳ギリシア語聖書』(河出書房新社、2002年)などの翻訳で知られる秦剛平による、キリスト教に関する一般向け講座などで語った内容を元にした論考を集めたもの。
本書の中で繰り返し語られるのは、伝説の作られ方だ。 たとえば、犬儒派の哲学者のイメージで語られたイエスが、「キリスト」になっていく過程を、彫刻や美術、福音書の成立過程などから論考している。 この他にも、マリアの聖母化、キリストがかけられたという伝説の十字架の発掘、反ユダヤ的傾向、七十人訳聖書の成立、ヨセフスの真実などが、美術や文献を元に、著者なりの論考を加えて語られていく。
特に、ヨセフスの著作や、七十人訳聖書は、著者自身が訳したこともあり、その重要性とそこから見えてくるものが、詳しく語られている。
著者のスタンスは、ナンセンスなものはナンセンス、伝説は所詮伝説というものだ。 そして、政治的な事情や思惑が、如実にテクストにも反映されていくと考える。
たとえば、「イエスがエルサレムの神殿の崩壊を語る」という、もしも本当だったらとんでもないくらい過激なことを福音書に書けたのは、「語った」とされる時点ではなく、書かれた時点では、既に神殿は戦乱でなくなり権力構造も変化し、そんなことを書いても大丈夫だったからということと、伝説化しようという意図があったのではないかという見解が提示されている。 その他、個人的には、ヨセフスの実際に関する考察はおもしろかった。
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