空の中
有川浩著、『空の中』、メディアワークス、2004年を読む。
本書は、電撃文庫系の作家さんをハードカバーで出版するという企画で出された本。 お話は怪獣もののジュブナイルだけど、わたしたちの社会というものを考えさせる作品。
舞台は、作者の出身地である高知と名古屋付近。 高知の上空で高度2万メートルを超えた航空機2機が謎の爆発事故を起こす。 実は、この事故は、巨大な平べったい電磁波をコントロールする能力に長けた未知の知的生命体との衝突事件であることが、だんだん明らかになる。 この白鯨と呼ばれる生物と日本政府が交渉中に、米軍の攻撃を受けて生物が分裂し、事態は最悪の展開を迎えるが…というお話。
実は、もう一つストーリーラインがあって、それは事故で亡くなったパイロットの息子が、謎のクラゲのような生物を拾う。 少年は、父を喪った心の隙間を、この生物との交流で埋めようとする。 それが、上記の事件と絡んでいく。
この本では、集団としての知的生命体というものが、非常にクローズアップされる。 白鯨は、高度な知性を有するが、唯一無二な個体で、社会的な振る舞いというものを理解できない。
たとえば、国同士の政治的な問題とか、国の意向と世論が一致しないとか、そういう極めてナイーブに見ると変に思えることが、集団には現実的な矛盾としていろいろ発生する。 また、個人や集団の本音と建前、プライドみたいなものも、相手があって成り立つものだ。
白鯨は、事件に巻き込まれ、このような問題とふれあうことになる。 また、自分自身が分裂してしまったことにより、否応なく、集団としての振る舞いを学ぶことになる。 これらが人間側の視点から語られていく。
物語の中で登場する社会運動団体の姿も示唆的だ。 個人のさまざまな思いが集まって、社会的な運動(社会運動団体に限らない)は構成されるが、それがいびつな形で成立してしまったケースを、本書では描いている。 また、関係のロバストネスみたいな話もあり、個人的には非常に考えさせられた。
と、こう書くと固い小説のようだけれど、実際には、少年の心の再生と、働く大人の挟持を描いた気持ちいい作品。
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